八月に生まれなかったボクら

誰もいなくなった控え室でヤマトは一人、報告書を書いていた。だがその手は遅々として進まない。
表の任務報告書と暗部での報告書は同じようで同じでない。
ぼんやりとそんなことを思いながら、ヤマトは無意識に手に持ったペンで机の表面をコツコツと叩いた。
隊長レベルに上がってから数限りなく報告書をまとめてきた。
やり方は心得ている。簡潔かつ詳細に。
なのに何故か七班での任務報告をまとめるのにはいつも苦労させられる。
「…通常任務なんて、初めてだからかなあ…」
勝手が違う、と言ったらいいのだろうか。やってることだって大して変わりはしないのに、とヤマトは暗くなってきた窓の外を見ながら心の中でぼやいた。夏の夜の匂いが少しずつ濃くなって来て窓から忍び込む。
それでも今日中に書き上げて提出しなければならない。
集中集中、と自分に言い聞かせて改めて書類に向かった時。
「ヤマト?何やってんの」
背後の入り口から聞きなれた声がした。
最近やっと他人がいなくても名前を間違えずに呼んでくれるようになった、とヤマトは心の中で先輩の成長をこっそり評価する。
声の主、カカシは軽い足音と共に近付いて横に立った。
「どうも」
軽く顔を向けただけで、ヤマトはまた報告書に目を落とす。
「まだ終わってなかったの?」
「ええ、なかなかまとまらなくて」
「ふうん」
生返事をしながらヤマトの横の椅子を引き、カカシは椅子の背を前にして行儀悪く腰を下ろした。
真剣な顔で机に向かう後輩の顔をしばらく眺めてから唐突に口を開く。
「ねえ、お前って誕生日八月十日だったの?」
ヤマトは顔を上げ、カカシの顔を初めて正面からまともに見た。
「…初耳ですが」
「登録票に書いてあったよ」
「何の登録票ですか」
「そりゃ、『ヤマト』のでしょうよ」
はあああああ、とヤマトは盛大に溜め息をつく。
「それ見て何か意味ありますか?ていうか、何見てるんですか」
「だってお前が今どういう人間なのか知っとかないと、ねえ。先輩としては」
「意味ないでしょ、全部嘘なんだから」
というか本人も知らない情報知ってどうするんですか、とヤマトは再びの溜め息と共につぶやく。
「それでさ、お前誕生日来月でもうすぐだなーって思ったわけ」
ヤマトの呆れ顔を無視してカカシは言葉を続けた。
「そんなのどうせ綱手様が適当に考えたんでしょ、登録票作る時に」
報告書に視線を戻し、突き放すようにヤマトが言う。
「ヤマトじゃなくなったら、その誕生日だって意味ないんですよ」
そう言ったヤマトの、紙に落ちた視線はずっと一点で止まったままだった。
そんなヤマトの言葉にも態度にも気付かない顔でカカシはのんびり 言葉を継ぐ。
「でも今までお前誕生日なかったでしょ、表の任務は初めてなんだから」
そして椅子から身を乗り出すようにしてヤマトの顔を覗き込んだ。
「んで、再来月はオレね、たんじょーび」
よろしく〜、と笑いかける。
「知りませんよ」
カカシの能天気な態度についにヤマトが切れた。
もう邪魔するなら帰ってください、今日中に提出なんです忙しいんですっ、とカカシを睨んでまくしたてる。
はいはい、とカカシは素直に立ち上がったかに見えたが、
「というわけでもうすぐお誕生日なヤマト君」
そう言ってヤマトの頭をぽんぽん、と子供相手にするように軽く叩いた。
「誕生日にはお祝い、してやるよ」
最後はくしゃ、と髪をかき混ぜてようやくヤマトから離れる。
ヤマトは抗議の眼差しを向けたが、すでにカカシはドアを抜け廊下に消えようとしていた。
「いりませんよ、そんなのッ」
その背中にぶつけるように声を上げる。カカシは振り向かず、ただ肩越しに軽く手を振った。
「そんな、くだらない…」
続けて発せられた言葉はだんだん小さくなって最後には独り言となった。
「くだらないこと…」
もうカカシの姿は追わずに、ヤマトは目を伏せて自分に言い聞かせる。
「…本当に…くだらない…」
少しうれしいと思っている自分が一番、


――――くだらない。





ヤマトの誕生日は綱手様が酔っ払った勢いで考えたとしか私には思えません。
誕生日話と言いつつ、この話の時点ではまだ7月。

10.08.10UP



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