Liberty 〜自由へ

1.
「バカものッ!!」

バルガイヤー艦内にメドーの声が響く。
「まだファイブマンを始末できないというのか!?」
バルガイヤー艦内の指令室では全員がメドーの怒りにおののき、顔を伏せてひざまずいている。
――いや、ただ一人、立ったまま腕を組み、真っ直ぐにメドーを見つめている男がいた。

銀河剣士ビリオン。

彼のその瞳からは何の表情もうかがえない。虚ろとも言える目でメドーを見上げている。
彼の横でひざまづいていた銀河博士ドルドラは横目でそんなビリオンを不信げに見上げていたが、メドーの注意と怒りはもっぱら最高幹部であるバルガイヤー艦長ガロアに向けられていたため、ビリオンの事など気付かないようであった。
「ガロア艦長」
メドーは少しばかり冷静になった、しかしまだ激しい声で問うた。
「この失敗、どう言い訳するつもりだ?」
メドーの声の冷たさは艦内の全員――とくに大幹部の者たち、をさらにひやりとさせたが、ガロアはメドーの怒りに内心おののきつつも、自信たっぷりに答えた。
「銀河皇帝メドー様!!」
彼のその呼び掛けは崇拝の響きを帯びていた。
「確かに今回ファイブマンを逃しはしましたが…、しかし」
彼の声はここで一段と熱を帯びた。
「しかしすでに、これまでの失敗を元にさらに完璧な作戦を立てております。今回の失敗はいわば、資料集めとまあそう言うわけでございまして…。今度こそは奴等といえども逃れられんでしょう。必ずやファイブマンを捕らえてごらんに入れますゆえ、どうか…」
違う者が言えば鼻先で笑われそうな言葉も、彼の口から出ると絶対的で盲信的とも取れる自信が感じられ、まわりの者を信頼させる響きがあった。
例えこれが何十回目かのセリフであっても、だ。
この熱弁がメドーの心さえも動かしたのかはわからない。だが、
「フ…」
彼女はわずかに唇の端を引き上げた。
「よかろう、その計画試してみるがよい。吉報、楽しみにしておるぞ」
「はっ」
その言葉に、指令室にいた者たちは全員、うやうやしく頭を下げた。
ただ一人を除いて。


数時間後。
メドーが去り、いごごちの悪い緊張感の消えつつある指令室では、ドルドラがガロアに作戦準備の報告をしていた。
「ガロア艦長、すべての準備が整いました。後は命令を待つのみです」
「うむ。今回こそ上手くいくだろうな」
「ドルドラ様の科学力をもってすれば不可能なことなどありませんわ」
ザザが横から口を添える。
その時、指令室の隅から微かな、しかしかなり挑発的な笑い声がした。
キ…ッ、とドルドラがその方向を睨む。
「何がおかしい、ビリオン」
彼女の視線の先にはこちらに背を向け、カウンターにもたれてグラスを傾けるビリオンがいた。ドルドラの問いに振り向こうともしない。
「何がおかしいか聞いているのだッ、ビリオン!」
そんな彼の態度にドルドラは声を荒げた。
「お前たちの頭の悪さに、だ」
彼はグラスを口に当てるともう一度低く笑った。
「そんなくだらん作戦でファイブマンを倒せると思っているのか。『完璧な作戦』だと?今までとどこが違うのだ。ばかばかしい」
彼の口調には、嘲笑の中にどこかはき捨てるような響きがあった。もちろんドルドラたちにはそこに込められた意味はわからない。
ドルドラがもう一度声を上げて反論しようとした瞬間、ガロアが怒りを押さえながらビリオンの方に一歩踏み出した。
「この作戦に一度も協力せずに良くそんな口がきけたもんだな、ビリオン。そこまでいうのなら、お前にもっといい考えがあるんだろうな?」
カウンターにグラスを置き、ビリオンは初めてガロアたちの方を振り向いた。白銀の髪が揺れる。
薄暗い部屋の中で一瞬そこだけが光を帯び、彼の青白い顔を縁取った。
「それはあんたの仕事だろう。『バルガイヤー艦長』殿?」
鋭いまなざしでガロアを捕らえ、皮肉げな微笑みを浮かべて一言言い放つと、彼は大股で部屋を出ていった。
一瞬呆然と見送りかけたガロアだったが、ビリオンが部屋を出る寸前我に返り、怒りの声を上げた。
「貴、貴、貴様あーーッ!!」
だがその声は閉まるドアに阻まれ、ビリオンに届くことはなかった。いや、例え届いたとしても彼がそれに反応することはなかっただろう。
後には怒りに震えるガロアと、当惑気味に顔を見合すドルドラとザザの二人が残された。


2.
「忌ま忌ましいオーロラだ…」
外を眺めてビリオンはつぶやいた。
窓の外には寒々しい氷の塊と空一面のオーロラ。
銀帝軍の基地、宇宙戦艦バルガイヤーは地球の南の極、南極に停泊しているのだ。
自分の私室で壁にもたれかかり、彼は再びグラスを傾けていた。
不意にグラスの中の液体に目を落とす。しかし茶色い液体に映る彼の瞳は何も見てはいなかった。メドーを見ていたのと同じ、虚ろな瞳。
「…お前に何がわかる…」
不意に彼の口から微かに声が漏れた。今まで感情をほとんど表さなかった彼はそのとき、初めて唇を歪めた。声に怒りがこもる。
「お前に何がわかる…ファイブレッド……!!」


『ビリオン!!』
振り向いたビリオンは、辛うじてその剣で星川学のVソードを受け止めた。
変身前とはいえ、学の剣は怒りがこもって力強かった。
『くっ…』
一瞬、その純粋な怒りの感情にひるみかけたビリオンだったが、直ぐに体勢を立て直し学の剣をはねかえした。しかし学は再び彼の懐に潜り込もうとする。
(この男は…)
ビリオンは寒気を覚えた。空恐ろしいほどの純粋さだった。
銀帝軍ゾーンが憎いという感情、その幹部であるビリオンが憎いという感情、ただそれだけ…!
『…なぜだ、ビリオン…』
激しく剣を合わせながら、学は彼に問い掛けた。
『…なぜこんな無益な戦いをする!?』
レッドらしい、優等生的な問い掛けだった。
『無益な戦いだと…?』
『そうだ…ゾーンに…、メドーに従って、何になるんだ』
ふいにこみあげてきた感情に、ビリオンは自分で嫌悪感を覚えた。
『黙れッ!!』
ビリオンの怒りに押されて学は地面に叩き付けられた。赤いジャンパーの袖が引き裂かれる。
『ぐっ…』
必至で立ち上がろうとする学に向かって走りながら、ビリオンは心の中で叫んでいた。
(お前に何がわかる?――そうだ、自由なお前に何がわかる…ッ!!)



























――この銀河で、ゾーンに組みする以外に自由などないことをお前も知ればいい。
その時、記憶に浸っていた彼の瞳を移すグラスの液体が大きく揺れた。その目が苦しげに閉じられる。
グラスを持たぬ手で、彼は自分の胸を押さえた。忘れ去っていた過去を思い出したのだ。学との戦いよりももっともっと遠い記憶…初めて彼が味わった敗北感を。


『畜生!!』
彼はその時、純粋な怒りから相手に向かっていった。落ちていた剣を拾いあげ、その小さな体で自分より一回りも大きな相手へ。
相手は細身のやさ男であったが、バルガイヤー艦長だけあって、その強さは並ではなかった。
第一、剣を持つことさえ初めての少年に、最初から勝ち目などある訳がないのだ。
『馬鹿めが』
あっけなく地面に叩き付けられた少年はそれでも相手に向かっていった。自分の家族を、この星の人間を、すべて殺されたその怒り、相手への憎しみだけが彼の力だった。
彼の回りでバツラー兵たちが跳びはね、笑い声をあげる。それすら彼の耳には入らなかった。
何度目かに、彼はとうとう押さえ付けられてしまった。
『はなせッ、はなせーッ』
その時初めて、彼の心に恐怖が走った。絶対的な力の前に弱い人間は抵抗すら出来ないのか。自由などないのか。どうして…。
『悪く思うなよ、少年』
男の振り上げたバロックスティックが鈍く輝いた。
その時。
『お待ち、シュバリエ』
どこからか声が響き、空の一部が変化した。巨大な顔が現れる。
『銀河皇帝メドー様』
バルガイヤー初代艦長シュバリエはうやうやしく、嫌みなほど優雅に頭を下げる。
『こんな少年を自分の手で殺したとあっては、シュバリエの名が泣くであろう?』
メドーの声はどこか楽しげだ。
『しかし、この星の人間は皆殺しに、と…』
『たかだか子供一人、気にすることはない。この星はもう制圧したも同じ。この星のエネルギーを手にいれれば用はないわ。子供一人殺しているひまがあったら次の星へ向かおうではないか』
『はッ』
よりいっそう深々と頭を下げると、シュバリエは少年を突き飛ばした。すでに少年に立ち上がるだけの力は無く、さらに上からバツラー兵たちがめちゃくちゃに蹴りつけた。
『少年』
メドーは少年に呼び掛けた。彼はぼんやりする頭を微かに声のほうへと向ける。
『名は何と言う?』
星を征服したことでメドーは機嫌がいい。
『…ビリ…オン…』
何も考えられぬまま少年はわずかに口を動かして答える。それが聞こえたのかどうかわからないが、メドーは構わず話を続けた。
『少年、強くなりたいか? この星の人間は宇宙の中でも戦闘能力の高い人種だ。死んだ連中の分も頑張れば宇宙最強も夢ではないかもしれんぞ。今はそんなでもな。強くなったら我が銀帝軍に加えてやる。幹部にだってしてやる。…力さえあればな』
『…力…さえ、…あれば…?』
少年の呟きに答えることなく、最後に高らかに笑うとメドーは姿を消した。
そしてシュバリエとその部下たちも嘲笑いながらバルガイヤーへと去っていった。
後にはただ独り、死んだ星の上に、まだ年端も行かぬ少年だったビリオンがぼろぼろの姿で取り残された。
(…強くなりたい…)
薄れゆく意識の下で彼は思った。
(この宇宙で…銀…帝軍に…つくことしか…生きる道が…ない、の…なら……)




























































(この宇宙で、銀帝軍につくこと以外に自由などないのだ)
だから彼は強くなった。生きるために。自由のために。
星々を渡り歩き、剣の腕を磨き、メドーに認められ銀帝軍の一員となった。
大幹部になった。

それが俺の自由だ。

彼はグラスを握る手に力を込める。グラスは再び、揺れる。
(俺は自由なのだ…)
何度も心に繰り返す。何度も、何度も。
生まれて初めて、死の恐怖と敗北感を味わったあの日以来、一度も疑うことのなかった信念。だからこそ彼は銀帝軍最強の剣士になれたのだ。
それなのに…。
(なぜ今になってこんなに迷うのだ)
あの男が、ファイブレッド、星川学が現れてから。
(奴が自由なはずがない…銀帝軍に支配されるべきあの男が。銀帝軍に加わることだけがこの世で唯一の自由なのだから…ッ)
彼はグラスを地面に叩き付ける。
茶色い液体とグラスの破片が飛び散って、一瞬、虹色に輝いた。

銀帝軍か、死か。
それが、お前と俺の選択肢だ。

ビリオンは窓の外をにらみつける。そこに星川学が立っているかのように。
外にはいまだオーロラが空一面に輝いていた。



3.
二人にはわかっていた。これが最後の戦いになるだろうことを。
銀河剣士ビリオンと、ファイブレッド星川学の、永きに渡る戦いについに終止符が打たれる。
ビリオンは瓶から直接酒を口に含み、その瓶を投げ捨てた。瓶は切り立った崖に叩き付けられ、激しく飛び散る。
それを合図に二人は激突した。互いに一歩も譲る気はなかった。
これで、決まる。
何度か剣を合わせ、飛び退いたビリオンはマントを脱ぎ捨てた。
銀のマントは空を舞い、ファイブレッドの体に絡み付いた。彼の視界を、自由を奪う。
(もらった…ッ!!)
ビリオンは真っ直ぐに彼に向かっていった。
ファイブレッドの体に剣を突き立てさえすれば…
(終りだ)
その時彼は迷ったのだろうか。星川学を失うことに。自分の行動に。
その一瞬の迷いが二人の明暗を分けたのか。

…時が、止まった。

ビリオンと星川学は抱き合っているかのような形で立ち尽くしていた。
「お、おおお…」
うめき声を上げ、よろめいたのは、ビリオンの方だった。彼の体には深々とファイブソードが突き立てられていた。
「あ、あ、あ………」
彼の空に伸ばした手がファイブレッドに絡まったマントをつかんだ。引きはがしたマントの下のファイブレッドは無傷だった。
「…レッド…め…」
呪詛の言葉を辛うじて吐き出すと、彼は最後の力を振り絞ってファイブレッドを突き飛ばした。
「どわッ」
思いもしなかった反撃に、よろめいたファイブレッドは慌てて体制を立て直し、身構える。
だがすでにビリオンにこれ以上の攻撃をする力はなかった。崩れおちそうになる膝を支えるのが精一杯だった。
しかし、ファイブレッドの体は容赦なく空を飛んだ。もしかしたら彼のほうがビリオンよりも冷たい血が流れているのもしれなかった。
それとも信念の強さか。
彼は赤い光となって、ビリオンの体を通り抜けた。
(俺は負けるのか…この男に…)
ビリオンの心をかすめたのは恐怖。そしてなぜか、安らぎ。
「…いい…月だぜ…」
口から出たのはただ、その言葉。
夕暮れの白く細い月が彼の視界にあった。
すぐにその月も彼の視界からすべり落ち、彼の視界は急速に暗くなっていった。
(星川学、お前は…真の…自由を…つかむのか…)
それが彼の最後の意識。

――そして俺も、死という、もう一つの自由をつかめるのだ――






当時、ビリオンの死を自分に納得させる為に書いたようなものです。戦隊の悪役は必ず死ぬ運命にあるのが悲しいですね。
今でも昼間の白い月を見るとビリオンの月だ、と思います。刷り込まれてます。



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