常陸院馨の嘘
「おはようハルヒ、あいかわらず早いね」
「おはよう馨。あれ、光は?」
隣の席に鞄を置く、クラスメイトにして部活仲間を見上げたハルヒはいち早くその非日常に気付いた。
馨の隣にはいつも光。光の隣にはいつも馨。
それが日常。
「…まさかまたケンカ…」
眉をひそめるハルヒに、馨が慌てて否定する。
「違うよ。光は今日はカゼなんだ」
「え、大丈夫?」
「うん、心配ないよ。だって多分、仮病だから」
「ええ?」
話の展開に目を丸くするハルヒを覗き込み、更に馨は畳み掛けた。
「それでさハルヒ、お願いがあるんだけど――」
***
「別に学食に自分が付き合う必要ないと思うんだけど…」
混雑する学食で、椅子に座りながらハルヒがぼやいた。目の前に、抱えてきた弁当箱を置く。
「自分、お弁当だし」
「だって今日は光がいないんだもん。一人じゃ寂しいでしょ」
同じく隣に座った馨の前には高級レストランのランチかと見紛うばかりの、本日のA定食。
「他の子を誘えばいいじゃん。いつもだってクラスの子達と皆で行ってるんだし」
「そうだけど…ま、いいじゃない。ほら温かいうちに食べなくちゃ」
「いや、弁当は温かくないから」
きっちりと突っ込みながらハルヒが弁当の包みを開く。
「そういえば光が仮病って本当?」
弁当の中身を珍しそうに覗き込む馨を牽制しながらハルヒが尋ねた。
「本当だよ」
当たり前のことを答えるような口調で馨は言う。
「なんでそんなこと」
「んー、なんかね今日テレビで見たい映画があるみたい」
「ええ?そんなの、録画しておけばいいのに」
「ボクもそう思うけど。そういうとこがコドモっぽいんだよね、光は」
「あはは、言えてる」
スプーンを咥えたまま独り言のように馨が言う。
「光の嘘なんてすぐわかるよ。バレバレだもん」
「そうかもね」
「でもボクの仮病には気が付かないんだよね、光は」
「そうなの?ああでも光ってそうかも」
食べることに気をとられて上の空気味に相槌を打つハルヒを、馨は横目でうかがった。
「ねえ、ハルヒはボクが嘘付いたら気付いてくれる?」
ガッシャーン。
遠くで食器のひっくり返る物音。叫び声も聞こえた。誰かがぶつかったらしい。
「うわ、大変。大丈夫かな」
ハルヒが伸び上がって音のした方を見つめる。
「ああうん」
騒動の元を見ようともせずに今度は馨が上の空で答える。
「あ、馨さっき何か言った?ごめん聞こえなかった」
振り返ったハルヒの目は真っ直ぐに馨を見ていた。わけもなく人をたじろがせる瞳。
「あ、いや…これ美味しいよ。ハルヒも食べてみなよ」
馨はすくったまま止まっていたスプーンをハルヒに差し出した。
「え?…ン、本当だ美味しい」
その途端、遠くからものすごい勢いで走ってくる人物。
「そこッ!うちの娘に何いかがわしいことしてんだ!!離れろー」
「だから誰が娘ですか!!」
「お前が騒ぎたてなければ問題にならんだろうに。馬鹿め」
「うわーいカオちゃんカオちゃんボクにもちょうだーい」
「ハニー先輩おんなじの食べてるじゃないですかッ」
「光邦、おんなじだ」
ホスト部揃い踏みで一気に豪華になった二人の周りを、更に周囲のざわめきが取り囲む。
「まあホスト部の皆さんよ」
「お揃いでお食事なさってるわ、素敵」
「ハルヒ君が学食にいらっしゃるなんて珍しいわね」
その真ん中でハルヒはいつものように溜息をつく。
「…やれやれ」
図らずもその騒動の発端となった馨はそんなハルヒにちらりと目をやると、黙って手に持ったスプーンをぺろりと舐めた。
『ねえ、ハルヒはボクが嘘付いたら気付いてくれる?』
馨という子は、環の幸せとか鏡夜の幸せとか光の幸せとかハルヒの幸せとかばかり考えて考え過ぎてがんじがらめになって、自分の感情を置き去りにしているような気がするのです。
06.9.28
|