彼岸花の咲く頃に
それはまだまだ夏の気配の残る、秋の初めのことだった。
ナルトを伴っての修行の旅の途中。
自来也はふと思い出して、ナルトを山の中のとある空き地へといざなった。
記憶が確かならば、そこは今が盛りのはずであった。
はたして。
「すっげー!なんだこれ真っ赤だってばよ!」
ナルトが飛び上がる。
その彼岸花の群生地は、自来也が以前目にした時と何も変わってはいなかった。
「すっげーすっげー!エロ仙人これなんだってばよ?」
ナルトの無邪気な質問に自来也は呆れ顔になった。
「なんだお前彼岸花を知らんのか?」
「ヒガンバナっていうのか、これ?」
「…ここまでとはいかんが、木の葉の里にも咲いとるはずだがのォ」
「…そうなのか?オレあんま植物詳しくないってばよ」
悪びれずに言い放つナルトに、ますます呆れ顔になって自来也はため息をついた。
「忍びのくせに何を言っとる。だいたいアカデミーの植物の授業で教わるはずだがのォ。根には毒があるんだからのォ」
「…あはは、覚えてねえってば」
バツが悪そうに言うと、ナルトはこれ以上自来也からお説教を食らわないようにその場から離れた。花の方を向きごまかすように大声を出す。
「けど、こんなにきれいなのに毒があるって不思議だってばよ」
「ま、良い女には毒があるっていうことだのォ」
そう言って独り、何やら思い出してうんうんと頷く『エロ仙人』はほっといて、ナルトは花の海へ分け入る。
「あれ、これ簡単に折れるってば」
体が当たった拍子にぽきん、と音を立てて花が折れた。ためしに近くの花に手を伸ばすと簡単に手折れる。
楽しくなってナルトは次々と花を摘んでいった。
「エロ仙人ー、これ面白いってばよー」
ぶんぶんと花を持ち上げて手を振るナルトに自来也が叫び返す。
「不吉だから子供に摘んではいかんという親もいるらしいがのォ」
「…ふーん、オレそんなの知らないってばよ」
興味なさそうに下を向いて答えたナルトに、一瞬自来也はしまった、と思う。
「…まあ、あんまり摘み過ぎるなってのォ」
自分でも言い訳がましく聞こえる一言を付け加え、自来也は頭をかいた。
傍目には自来也の言葉を気にしていない様子で、ナルトは花を摘むことに熱中している。
金色の頭が赤い海を漂い、時折木の陰に入って見えなくなった。
まだまだガキだのォ、と自来也は思い、目の前の変わらぬ風景に改めて目をやった。
どの里からも遠く離れた山深いこの地を知る者はほとんどいないのだろう。今までに人の姿を見たことはなく、それ故いつ来てもこの景色が違っていたことはない。
最後に来たのは十数年前だったか。
遠い昔にこの場所を見つけて以来、季節が合うと任務の途中に子供たちを連れて来た。
皆、今のナルトと同じようにはしゃいだものだ。
どいつもこいつもガキだったんだのォ、と思う。
自来也先生に首飾り作ってあげる!と張り切っていた子。
回し蹴りで花を蹴散らして自来也にどつかれた子。
花畑の中から金色の髪で自来也を見上げていた少年もいた…
「エロ仙人!」
その同じ色の髪が目の前で揺れ、自来也は戸惑いながらも現実に引き戻される。いつのまにかナルトが自来也の目の前に立っていた。
手に持った彼岸花を自来也に差し出す。
「ほら、こんなに摘んだってば」
「…お前そんなに摘んでどうするつもりだってーの。まったくアホだのォ」
顔が隠れるほどの花束を抱えたナルトは眉をしかめしばし考え込んだ。
「んー…じゃあエロ仙人にあげるってば」
「はあ?」
「誕生日プレゼントの前倒しだってば!」
自分の思い付きを気に入ったらしくナルトがにこにこ顔になる。
「…いや、わしの誕生日はまだ一ヶ月以上先だっての。お前の誕生日のほうが近いだろうが」
「オレ花なんかいらないってば」
「…お前が言うな」
とはいえナルトにあきらめる気配はなく、たとえ相手が若い女の子でなくてもあげると言われればうれしいもので。
「…彼岸花ってのは墓に咲く花なんてことも言うんだがのォ…」
ぼやきつつも自来也は手を伸ばした。
「まあ受け取ってやっても…」
「ほら、年寄りには赤い物をあげるって言うってばよ。だから赤い花」
無邪気に言い放ったナルトの一言に自来也の手が止まる。
「お前それは赤いチャンチャンコのことか!?それは還暦の祝いだっつーの!わしはまだ50代だ、60過ぎた年寄りと一緒にするなってーの!!」
大人げなく怒鳴る自来也に対してナルトは更に涼しい顔で言い放つ。
「50も60も一緒だってば。オレから言わせりゃ皆ジジイだってば」
「生意気言いおって…そういうガキはこうだってーの」
自来也はナルトを捕まえて羽交い絞めにし、全身をくすぐり始めた。
「わーやめろってばエロ仙人、うひゃひゃ…ちょ…死ぬ!笑い死ぬって…ぎゃははははッ」
ナルトが逃れようと振り回した手から彼岸花が飛び散った。
陽光を浴びて光りながら雨のように頭上に降り注ぎ、その光景に二人の動きが止まる。
「…あ」
自分の行動の思いがけない結果にナルトがぽかんと口を開ける。見下ろした手の中にはもう一本も残っていない。
「…あーあ、エロ仙人のせいだってば…」
「…うるさいっての…」
しばらく二人は赤く彩られた輪の中でぼんやりと立ち尽くしていた。
やがて自来也が自分の髪に刺さった彼岸花を振り落とす。
「そろそろ行くかのォ」
「…おお、修行修行!」
自来也の腕の中から飛び出し、ナルトが勢いよく拳を振り上げた。
山を降り、再び街道を歩き出す頃には日は傾き始めていた。
足元に伸びる長い影を追って飛び跳ねるように先を歩いていたナルトがふいに振り返った。
「エロ仙人、サンキューな」
「ん?」
「あの花畑すっげーきれいだったってばよ」
サクラちゃんにも見せてあげたいなー、とつぶやきながらまた先を歩き出す。
「…そうか」
夕日を浴びる後姿を見やって自来也もつぶやいた。
「こちらこそありがとうだのォ」
「ん?エロ仙人なんか言ったってば?」
「…いや」
それは
もう二度と訪れることもないと思っていた 誰かを連れて行くことなどないと思っていた
彼を再びあの場所に導き、たくさんの記憶とたくさんの命の繋がりを思い出させてくれた
この少年が今目の前にいることへの
感謝。
こんな感じの師弟イチャパラがもっと見たかった…という自家発電な話。
09.01.08UP
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