栄光のラディゲ
第一章 二大幹部
1.ラディゲ
『…………ッ』
誰かが呼んでいた。遠く、遠く、遥かな場所から。
『…………!!』
言葉にならない叫び。俺の意識の闇の部分をを激しく打つ。
誰だ、俺の名を呼ぶのは。誰なのだ、一体…
プライベートルームでラディゲは目を覚ました。
ここは巨大魔城バイロックの内部である。柱に持たれかかって物思いに耽っているうちに眠ってしまったらしかった。軽く目を押える。
(またあの夢か……)
正確には夢とは言えない、誰かに呼ばれているようなイメージ。
(何なのだ、あれは)
最近特に強くなっているような気がする。もうだいぶ前から呼ばれているような気はしていたのだが。
普段は感じないのに、眠っている時にはやはり多少無防備になっているせいだろうか、よく感じる。
(…何かを伝えたがっている?)
それはもうずっと前から気付いていることだった。何か一つの事を訴え続けていることだけは彼にもわかった。
いつごろからだろう?彼はふと思う。
地球に着いてからなのは確かだ。しかしなぜ俺を呼ぶ?俺に関係があるというのか。
俺はいつも孤独なのだ、誰かに関わったことなど…
軽く頭を振って、ラディゲは考えることをやめた。それでなくとも最近は考えることが多すぎる。
――あの、トランザが現れてから。
彼は立ち上がり、ドアへと向かった。
作戦を考えねば。
いつまでもあんな奴になめられたままでいるわけにはいかない。裏次元伯爵と呼ばれたこの俺が。
いつまでもこんな屈辱を黙って受け入れると思ったら大間違いだ…。
2.トランザ
「
――見つけたぞ」
声に嘲笑の響きがこもる。
ここはバイロックのほぼ中央に位置する大広間。
その広間の帝王の座に腰を下ろした男は、頬づえをついてじっと前方を見つめていた。
彼の視線の先の空間には映像が映しだされている。地上の洞窟らしい。内部に人のような形をした岩があった。
よく見ると女性のような……
「これが奴の弱点……」
男は改めて口を歪めて笑う。
彼の名はトランザ。
かつてはトランという名のバイラムの少年幹部であった。しかし、他のバイラムの幹部らや、ジェットマンにすらその弱さをあざけられ、怒りと屈辱をエネルギーとして急成長したのだ。
そして今や、あのラディゲすらも足元に及ばない力を持ち、帝王として君臨しているのである。
彼は帝王となってから、ラディゲの弱点を探し続けていた。
かつては裏次元伯爵と呼ばれたほどの実力の持ち主であるラディゲだったが、最近その鋭さに刃こぼれが生じている印象があった。
トランザに第一幹部としての地位を奪われたせいもあるのだろうが。
そして、トランザの予感は的中していたのだ。
「人間とはな…、あの冷酷無慈悲なラディゲ伯爵様が。まあこっちにとっては好都合というものだ。奴に関しては早めに手を打っておかねばなるまい。また変な気を起こされては厄介だ…」
トランザは映像から目を放し、ふとラディゲのことを思う。
彼は常に“トラン”の前にいた。
強者として。
バイロック一の実力者として。
誰にも屈しないプライドの持ち主として。
“トラン”にとって、彼は越えることの出来ない壁だった。それは、否定したくとも当時の彼には認めざるを得ない事実だった。
憎んでいた。そして、尊敬していた。
だが、今は…
今のラディゲは“トランザ”にとって単なる邪魔者でしかない。バイロックの帝王トランザにとっては。
(殺そうと思えば、いつだって殺せる)
それは事実である。しかし、彼はまだどこかでラディゲを恐れていた。
奴は何をするかわからない。あのプライドの持ち主が、いつまでも俺の足元でおとなしくしているだろうか。“あの時”は俺の力の前に屈したとはいえ。
だから。
(だから、早めに手を打っておかねばなるまい)
トランザはもう一度、心の中で繰り返す。
今度俺に反逆した時には、奴は俺の力で殺す。いつだって殺せるのだから。
今は生かしておいてやる。だがその力は削いでおかねばなるまい。
「だからこれを利用するのだ」
彼は再び空間の映像に目を向ける。そこに映る、少女の形をした岩を。
(せいぜい悩むがよい、人間としての良心とやらと、バイラムの生き方との間でな……)
今、ラディゲに変な考えを起こされては困るのだった。
『ベロニカ計画』を成功させるためにも。
第二章 ベロニカ計画
「ベロニカ計画!?」
三人――あるいは二人と一体、の驚きを含んだ問いと対照的に、トランザはゆっくりとうなずいて言った。
「そう、ベロニカ計画だ」
ここは帝王の間。
その帝王の座の回りにはバイラムの幹部――ラディゲ、マリア、グレイ、がひざまづいていた。三人に囲まれてトランザは自慢げに足を組み、腰を掛けている。
床に膝をついたラディゲは、そんなトランザをぶち殺してやりたい衝動を辛うじて押えていた。今はまだだ。今はまだ俺に勝ち目はない――。
「で、そのベロニカ計画とはどういうものなのだ」
それ以上語ろうとしないトランザに焦れたようにマリアが問う。問われたほうは優越感たっぷりに口を開いた。
「まずこれを見るがよい」
トランザが腕を伸ばした先の空間に、突然映像が現われた。そこはバイラム内部の、ある実験倉庫だった。巨大なメカが作られつつある。
「これは……」
「これが、私が研究に研究を重ねてたどり着いた究極のメカ。魔神ロボ、『ベロニカ』だ」
(魔神ロボ……)
その名にふさわしい黒光りするボディを見ながらラディゲはひそかに歯ぎしりした。マリアとグレイはただただ見つめるばかりだ。
「もうすぐベロニカは完成する。その時こそ、このベロニカは史上最強のロボとなるだろう。ベロニカと我々四人の力でジェットマンを完全に葬り去る。それが『ベロニカ計画』だ」
マリアはすでにその様子を思い浮かべているのか、満足そうな表情を浮かべて目の前の映像を見つめている。ほかの二人は表面的には無表情に、それでも映像から目を放せずにいた。
そんな三人の顔を見回し、トランザは言葉を継いだ。
「ベロニカは我々四人の操縦で初めて、真の力を発揮する。つまり我々の協力なしにはこの計画は成功しないのだ」
もうすっかりトランザの熱弁に釣り込まれていたマリアは、熱心な表情で強くうなずき、グレイも黙ってうなずいて彼の言葉を聞いていた。
だがこの言葉を吐いた当の本人トランザと、ほとんど反抗の意思が表に出る寸前のラディゲの二人は、四人が協力出来るなど全く信じていなかった。
(協力だと?誰がお前などに。やりたきゃ三人でやってほしいものだな)
というのがラディゲの、実にストレートな感想である。
(やはり奴はまだ俺につまらぬ反抗心を持っているようだ。まあ今にそんな考えを起こしている場合ではなくなるだろうよ。それにベロニカ計画などラディゲ抜きでも十分だ……)
トランザもまた、ラディゲを見やってひそかに考えを巡らせていた。
二人の間には微かに火花が走っていた。それが表面化するのはすでに時間の問題であった。