静かな朝
明け方の静けさに目を覚ます。
辺りはいつもより静まりかえっていて、いつもより外が明るい気がする。
予感に捉えられて布団から這い出す。
畳に放り出された着物は手に取ると氷のように冷たかった。それでも肩に羽織り、障子窓を押し開いた。
ああ、やっぱり。
窓の外に広がる景色は昨夜とは違う。
一面の銀世界。
まだ薄暗い窓の向こうは一面白く、空から細かいものが降り続けている。
昨日雪が降りそうな空だと思っていたが、本当に降るとは思わなかった。
「…積もるかな」
思わず呟いた。既に地面は見えないがまだまだ積もったとはいえない。止んだ途端に解けてしまうだろう。
「…起きたのか五右ェ門」
背後の気配に振り向く。声の主は頭から布団を被ったまま肘をついて起き上がり、こちらを見ていた。
髪がさらさらと乱れたシーツに落ちかかる。
「珍しいな、こんな時間に」
手だけが伸びて辺りを探る。薄暗がりの中で布地に手を触れる音が聞こえた。
「夕羅、雪だ」
「…ああ、降ったのだな」
少し弾んだ言葉に、たいして関心もなさそうに答えて指を引っ込める。掛け布団がほんの少し持ち上がった。瞳が覗く。
「だから起きたのか…?」
くすくすと布団の陰で笑う。
「冷えるぞ、戻って来い」
「…うー…ん」
雪は途切れることなく降り続く。
同じフィルムが繰り返し上映されているようだ。
目が離せない。ガラスに頬を寄せるようにして外を覗き込む。
窓辺から動こうとしない背中に、軽く舌打ちすると起き上がって掛け布団を手に近付いた。 ひらり、と背に羽織り背後から抱き締める。
「寒…」
はずみで巻き起こった風に、腕の中で身を竦める。
「我侭だな」
抑えた笑い声と共に冷えた髪に吐息がかかった。頭越しに同じように外を覗く。興味がないくせに。
流れ落ちた髪が視界を半分さえぎった。
手を伸ばしてそっとどける。窓の外に向かって囁いた。
「止まないといいのだが」
「…止まないと結構面倒なんだが…」
体を起こし、前髪を払いながらぼやいた。その下で気にする様子もなく変わらず外を見ている。
「まあ積もるまい。まだ早いからな」
「…積もらないのか」
声が少し沈んだ。
「もう少し寝たらどうだ?まだ早いだろう」
「今日はもう寝ない」
食い入るように見つめたままの宣言に、ふふふん、と皮肉な笑いが返ってきた。
「雪が降っただけだろう…面白いか?」
「面白い」
「…ふん」
世界が目覚めるまであと少し。
窓の外と内とで流れる静かな時間が二人を囲む。
ロマンチストな五右ェと現実的な夕羅様。という感じで。
(03.11.29UP)
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