蜜の味
テレビがツツジ祭りの話題を取り上げている。
日本人移民が多いお国柄のせいなのか、日本のチャンネルもほぼリアルタイムで見ることが出来る。
その中のひとつ。
ソファに座って、五右ェ門は独りそれを見ていた。
今は夜中だけど、日本は夕方なのだろうか。夕方のニュースの1コマ。テレビ画面には、斜面に隙間なく植えられたたツツジの木々と人の群れ。
目にもあでやかな濃い桃色。ショッキングピンクとでも言えばいいのだろうか。日本語にもっといい表現はなかっただろうか。
数日前まで、画面の中のあの花が咲き誇る土地にいたことを五右ェ門は思い出す。
屋敷と離れを繋ぐ小道の一角は、ツツジの垣根になっていた。暖かくなって一気に咲き乱れている。
「ツツジだ」
思わず五右ェ門が声にすると、先に立っていた夕羅が立ち止まり振り向いた。
「ツツジなぞ、珍しくもあるまい。最近では至るところに植えられているからな」
「こんなに近くで見るのは久しぶりだ」
木の大きさに見合わない数の花が咲き誇るツツジは、かたまって植えられていると壮観だった。大ぶりの花の品種が多く、見栄えがした。
「この花の根元の蜜をよく吸って遊んだ」
五右ェ門は花のひとつを指し示して言った。
同時に花を取る度、がくの部分のヤニのようなもので指先を汚したことも思い出す。べたべたして、全然落ちなくて、茶色いシミになった。
「子供の頃、よくやらなかったか?」
「子供の頃?」
夕羅が五右ェ門の顔を見ながら首をかしげる。
「そんな昔のこと、覚えておらんな…」
夕羅は苦笑し、目の前のツツジの花を一つ掴んだ。その花を引き抜く。
そうしてその根元を口に咥えて吸ってみている。
どうしてこの男は、時々途方もなく無頓着で、唐突なのだろう。
どうやら、その味はお気に召さなかったらしく、夕羅は眉を寄せて舌を出した。
そのまま五右ェ門の顎に手をかけ、引き寄せる。
「そなたも試してみるか…?」
逃れ様がなくて、五右ェ門は夕羅の舌先をそっと舐め取った。
甘くて苦い、青臭い蜜の味。
すぐに夕羅の舌が、五右ェ門の腔中に押し入ってくる。
もう蜜の甘さはどこかに溶けてしまった。
ひとしきり舌で腔内を蹂躙すると、夕羅は唇を離した。
顎にかけた手をそのままに、五右ェ門の顔を覗き込んで満足げに微笑む。
五右ェ門は目を逸らした。目に映るのは鮮やかな緑と濃い桃色の対比。所々に白と紅色。
夕羅は五右ェ門から手を離し、もう片方の手に握ったままだったツツジの花を無造作に放った。
放物線を描いて、花は地面に落ちる。
夕羅は指先にこびり付いたがくの部分が気になるらしく、指を舐めている。
今度は本気で苦かったようで眉をひそめた。それでもそのまま先を行く。
あいかわらず、この男のすることはよくわからない。
五右ェ門は夕羅が捨てた花を地面に探した。しゃがんで拾い上げる。
夕羅が立ち止まって振り返った。
五右ェ門はその花を手から落とし、夕羅の後を追った。
五月の風が柔らかく、二人の間を吹き抜けていった。
「風呂、空いたぜ」
次元がタオルを肩に入ってきた。冷蔵庫に直行し、ビールの缶を取り出す。
普段は琥珀色の液体しか口にしないくせに、次元でもやはり風呂上りはビールらしい。
ルパンは朝からめかし込んで出掛けていった。多分帰ってこないだろう。今日は次元と二人きり。
「お前、なんで日本の天気予報なんか見てんだ?」
次元がソファの後ろから、五右ェ門の肩越しに覗きこんだ。
画面はいつのまにか見慣れた日本列島の地図。
「意味ねえだろう」
缶に口を付けながら、次元が笑った。
「…ああ、本当だ」
五右ェ門はリモコンを取り上げ、現地のチャンネルに変えた。
――日本列島各地、明日は全国的に晴れの見込み。