月光

 瞼に差し込む明るさにふと目が覚めた。
 目を開けると、僅かに開いた障子の隙間から月が覗いていた。
 ちょうど五右ェ門の位置からまっすぐに見える。五右ェ門はしばらくぼおっと眺めていた。
「起きたのか」
 夕羅が上から覗き込む。五右ェ門は夕羅の足を枕にして眠り込んでいた。ちょうど組まれた足の上に頭を置いて。
 いつから眠っていたのか記憶にない。
 真っ暗な室内は、障子に映った月明かりだけが頼りだ。覗き込む夕羅の顔は影になって見えない。五右ェ門はそっと手を伸ばした。
 顔に届く前に夕羅の手がその腕を掴む。引っ張り上げられて五右ェ門は夕羅の胸に頭をのせた。
 夕羅は手にしていた煙管を口に持っていった。
 静かに煙を吐き出す。障子の隙間から差し込む薄明かりの中に白く霞が舞う。
 五右ェ門ははだけたままになっていた襦袢の裾を引き寄せた。
「寒いか…?」
「いや…」
 夕羅も着物を無造作に羽織ったままだ。脇に目をやると、脱ぎ捨てた着物の山が黒い影になって見える。
 五右ェ門は溜息をついた。
 障子へ目をやる。
「あ」
「…どうした」
 夕羅の問いに答えず、五右ェ門の体は夕羅の胸からずるずると滑り落ちた。頭が元の位置に戻る。
「月が…」
「月?」
「ここからじゃないと見えない」
 開いた障子から覗く月。
 夕羅が身を乗り出す。
「欠けているな」
 十六夜月、と呼ばれる月が空にかかっている。月の明るさにかき消されて星は見えない。空には月。ただそれだけ。
「満月は過ぎたのか…」
 残念そうに五右ェ門は呟く。
「月見をするか?」
 五右ェ門が見上げる。夕羅は再び口へと煙管を運ぶ。
「次の満月がきたら」
 白くたなびく煙。
 五右ェ門は承諾の意味を込めてそっと笑う。夕羅には見えていないことを知らずに。


 遠く離れた地面の上では警察が右往左往している。
 ルパン達はそれをビルの屋上から眺めていた。このビルの上に彼らがいることなど想像もつかないだろう。
「大変だ、ありゃ」
 ルパンが忍び笑いをする。
 騒ぎを引き起こした張本人は他人事のように下を見ている。
 この高さから見れば地表のすべては他人事だ。
「さて、行きますか」
 ルパンはそう言ってフェンスから離れた。
 屋上の中央にあるヘリへ向かって歩いていく。
 五右ェ門もそれに続こうとして振り向き、ヘリの上の空を見た。
「…う」
 足が止まる。ヘリの上には月が輝いていた。
「どーかしたか?」
 ルパンと次元が振り返った。
「いや…」
 忘れていた。
 夕羅との約束。
 そろそろ一ヶ月になるだろうか。日本ではもう次の満月になったころ。
 いや…もう過ぎたか。
 どうしよう。
 自分から言い出したくせに。連絡くらいくれてもよさそうなものなのに。
 いつも余計な時に連絡を寄越すくせに。
 困ったな…
 五右ェ門はヘリのガラス越しに地上を見下ろしながら溜息をついた。


 縁側に腰を下ろし、夕羅は障子にもたれていた。目の前の庭に月の光が降り注ぐ。
 十三夜月。
 あと数日で月は満ちる。
 杯に口を付ける。髪をかきあげ、夕羅は月に向かって笑みを浮かべる。
 五右ェ門が日本にいないことを夕羅は知っている。
 忘れているな。
 一月も前のことなど。
 くすくすと夕羅は笑った。
 まったく薄情な男を相手にしたものだ。
 あと数日。
 どうする?五右ェ門。
 夕羅は杯を満たし、月に向かって差し出した。
 冷たい光が透明な液体をつかの間、銀色に光らせた。






(03.7.20)



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