温かな場所
―― 久しぶりに風邪をひいた気がする。
ルパンのアジトのベットの中で一人、五右ェ門は落ち込んでいた。
タイミングの悪いことに五右ェ門以外は皆不在。全員バラバラに海外に居る筈だった。
まさか風邪をひいたから来てくれなどと甘えるわけにはいかない。
昨日の昼間に寒気を感じてベットに入ってから、目覚めるたびに酷くなっていった。
夜中に咳が加わって更に眠れなくなり、どんよりとした気分で五右ェ門は明け方ベットから抜け出した。
ふらふらしながらアジトの中を探ってみる。
アジトの薬箱には怪我用の薬は山程あったが、風邪薬はなかった。
元々すぐに出て行くつもりだったので食料も買っていない。
普通食料は常に備蓄しておくものではないのか…?と腹立ち紛れにルパンを呪っておいて、五右ェ門は蛇口から直接水を口に含むと這うように寝室へと戻っていった。
食欲が無いとはいえ一日水しか飲んでいないのはきつかった。とにかく今はおとなしく眠っておこう…、とベットに潜り込む。
ようやくうとうとしてきた時、どこかで電話が鳴った。
携帯…どこに置いていたか。普段意識したことがないから覚えていない。脱ぎ捨てていた着物の中からようやく見つける。
もしルパンか次元か不二子だったらこの際恥を忍んで泣きつこう…と思いながら五右ェ門は電話に出た。
「…もしもし」
『何だ、酷い声だな』
「…ん…誰…」
まだ寝惚けた頭で応じる。ルパンでも次元でも不二子でもなく…
『日本に居るなら、と思ったのだが…それどころではなさそうだな』
相変わらずの自己中心的な物言いに非常に聞き覚えがあった。
「…月虎夕羅ッ!?」
思わずフルネームで叫んでしまった。 何でこの番号知ってるんだこの男はッ。
一気に覚醒はしたが、自分の声が頭に反響した。
「…痛…っ」
咳の発作にも襲われて、五右ェ門は電話の相手をするどころではない事態に陥った。
五右ェ門が独りベットの上で悶えている間電話の向こうは沈黙していたが、やがて薄く笑う気配が伝わってきた。
『二日酔いか…?』
「…死ね」
プチッ。
勢いで電話を切った後、しまったと思ったが遅かった。これが最後の頼みの綱だったかもしれないのに。
だが一番泣きついてはいけない相手のような気がする。後が恐いし。
…何もなかったことにしておこう。
携帯を部屋の隅に放り投げ、五右ェ門は布団に潜り込んで再度眠ろうと努めた。
夜ほとんど眠れなかったせいもあってか、今回は長い間眠っていたらしい。
目を覚ました時には窓から差し込む光線の具合はだいぶ変化していた。
そして部屋の中も。
違和感を覚えて見回す。自分の足元の辺りに人影を認め、五右ェ門はぎょっとして起き上がった。
侵入者にまったく気付かなかったなんて。
「…起き上がって大丈夫か?」
人影はのんびりと声を掛けてきた。多少からかいの響きも含んで。
隻眼の男と真正面から目が合った。
「…夕羅…」
一気に緊張が解けて、がっくりと五右ェ門はシーツに倒れこんだ。
「確かにだいぶ悪そうだな」
夕羅はベットの上に腰を下ろし、五右ェ門を見ていた。
「…このお坊ちゃまが…不法侵入って言葉知ってるか…」
枕に顔を埋めたまま五右ェ門は辛うじて言葉を吐き出した。頭痛が増した気がする。
「さあな」
けろりとした顔で夕羅は応じる。
「…何しに来た」
片目で睨む五右ェ門に、夕羅は何も言わずに唇の端を引き上げて笑って見せた。
熱を帯びて潤んだ瞳が苛立ちをみなぎらせる。
「お前一人で来たって何の役にも立たんだろうが…っ」
「これだけ減らず口が叩ければ大丈夫か」
五右ェ門の怒りに気付かないかの様にしれっと夕羅は言い放った。
「…だったらとっとと帰れ、馬鹿ッ」
症状とは対照的にぽんぽん言い放つ五右ェ門の様子に、夕羅の唇が緩む。
「…まあ、そう言うな」
夕羅の指が五右ェ門の前髪を掻き分け額にそっと触れた。
ひんやりとした指先が不思議と心地よくて、五右ェ門は溜息をつくと更に深く布団に潜り込んだ。
少しだけ安心したのは絶対に気のせいだと、自分に言い聞かせながら。
しかしながら状況はまったく改善されておりません。
この後ちゃんと病院か自分ちに連れて行ってください、夕羅様。
(03.12.11UP)
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