あかねさす
あかねさす むらさきのゆき しめのゆき
のもりはみずや きみがそでふる
春先だというのに雪が降った。
深夜静かに降り出した雪は朝になっても止む気配は無かった。既に白く染まった地面へと次々に吸い込まれていく。
夕羅は珍しがって朝からあれこれ雪見の支度を指示して飛び回っていた。
今も渡り廊下に囲まれた中庭の真ん中に立ち、梅の古木を見上げている。枝に積もった雪を眺めているのか。降りかかる雪を気にする様子もない。
半分程開いた花は鮮やかな紅色で、白く染め抜かれた空間の中に溶け込むことなく咲き誇っていた。
五右ェ門は中庭に面した部屋の障子窓から、その様子を眺めていた。
もしかしてはしゃいでいるのか、あの男は。
――そうだとしたら、うっとおしい奴…
それでも、雪見の支度やらにかかりきりで、自分にまとわりついてこないだけまだましかもしれない。あんなのがはしゃいで朝っぱらからまとわりついてきたら鬱陶しいに決まっている。
身体が重い。けだるさの覆う全身を五右ェ門は敷居に頬杖をついて支えていた。規則的に降り続く白い雪を眺めていると再び眠りに落ちていきそうだ。視界がぼんやりと霞み出す。
羽織った布団を引き寄せ、丸くなろうとした時何かが耳を打った。
夕羅が五右ェ門に向かって何か言っている。目を擦りながら聞き返す。
「…え?」
「そなたも出て来ぬか」
夕羅が遠くから声を張り上げた。手招きまでしている。
放っておいたら部屋まで上がりこんで連れ出されそうだな、と思ったら想像してしまい、これ以上無視できなくなった。
「ちゃんと着込んでから来い」
腰を上げかけた五右ェ門に向かって更に夕羅が声をかける。寝巻き姿のままだったことに五右ェ門は気が付いた。
あの男、朝食のことを忘れてるに違いない。さすがに腹も減ってきて五右ェ門は文句を言ってやろうと立ち上がる。
着替えとして置かれた着物を手に取り、寝巻きを脱ぎかけて後ろを振り返る。
夕羅はもうこちらを向いてはいなかった。自分だけが自意識過剰のようで五右ェ門は独り赤くなって唇を噛む。
夕羅は枝に溜まった雪に手を伸ばしていた。
障子の枠越しに、まるで絵のように見える夕羅の姿。雪の降り積もる梅の木の下にたたずんでいる。
ふと五右ェ門は、この中庭にだけ雪が降りそそいでいるかのような錯覚に襲われる。
閉じ込められた四角い空間だけが許された世界。自分達が存在することを認められた世界。
だったら、このまま永遠に降り続けばいい…
あの庭に自分も出ていった時、障子窓越しに、自分達二人はどう見えるのだろうか。
五右ェ門は誰もいないはずの背後をそっと振り返った。
ただ白い壁がそこにはあるだけ。
オチなしシリーズ(だからいつから…)
実はこれを去年の開設一ヶ月記念(5月末)に書こうとしていた私は阿呆です。
というかネタを寝かせ過ぎ。
この時期私の中でわりと夕羅様が壊れてたのでこんな話に。修正は不可能でした。
タイトルの元ネタの短歌は全然雪の歌ではないんですが、なんとなく語呂で。
(04.3.12UP)
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