山百合の墓

 何年ぶりだろうか。
 久しぶりに訪れたその場所は夕羅にとって懐かしく、記憶の多い場所。
 月虎一族が世間に隠れてひっそりと暮らす隠れ里。夕羅の生まれ育った場所でもあった。
 各地に点在するアジトと違い、人が暮らす場所としての意味合いが大きい。
 月虎のアジトの中でももっとも規模が大きく、もっとも秘められた場所。
 本拠地といえるかもしれなかった。

 到着したその日の夕方、夕羅は虫の音の聞こえ始めた草原を歩いていた。
 日が傾きかけ、風が冷気を含んで流れてくる。
 夕羅の進む足元はよく見ると道のような跡も残るが、ほとんど周りと同化し草原の一部と化していた。夕羅も時折立ち止まっては確認するように辺りを見渡し、足元を眺めて進んでいった。
 やがてより深い草むらに入り込んだ夕羅は、まだ青いススキをかき分けた先にそれを見つけた。
 生い茂った雑草の中、いくつかの石の頭が覗く。近付いてみてようやくそれが墓石の群だとわかる。
 参る者も手入れする者もいないのだろうその場所は荒れ放題だった。すでに傾いている石も、倒れて苔に覆い尽くされたものもある。
 その中のひとつに夕羅は向かった。
 周りと比べて比較的新しい墓石。だが真新しいわけではない。他と同様放置され、長年手入れされた気配もない。
 その前にしゃがみかけて、夕羅はふと別の方向へと目を向けた。
 墓の横に、草に隠れて一本の山百合が生えていた。白地に派手な橙の斑点を浮かべて咲く花は、悲しげにうなだれている。
「こんなところに…」
 前に来た時は気付かなかった。季節が違ったからだろうか。前に訪れたのがいつだったのかさえ、覚えてはいない。
 それでも、ここに来るたびに足を向ける。
 生きていた時よりももっと。
 改めて夕羅は墓に目を向ける。そこに刻まれた名の中のひとつに目をやる。
 百合音、と刻まれた文字。
 そっと呟いた。
「…また、来た…」
 心なしか、そう言った夕羅の瞳は寂しげだった。けれどその唇にはうっすらと微笑が浮かんでいた。
 風が鳴って、夕羅の髪がわずかに翻った。
 うつむいた山百合がそっと揺れた。




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