私がお世話になりっぱなしで、サイトを立ち上げるきっかけともなった
紫あざみ様の『秘密の隠れ処』裏サイトに置いていただいているものです。
表におけるようにアレンジして公開。私の「夕羅×五右ェ」基本姿勢です。
余所のサイトに置いていただくには長過ぎる代物です…(滝汗)。


うたかたの月

第一章

由良の門を 渡る舟人かぢを絶え
            行方も知らぬ恋の道かな    曽禰好只

1.
 梅雨という季節を証明するかのように、幾日も雨が降り続いていた。
 その日も、あいかわらず城下町は霧のような雨に包まれていた。雲は空の全てを覆い尽くしていたが、薄い真綿のような雲は陽光を拒みはせず、街並みは春の日差しのような明るさの中にあった。
 とはいえ、人影はほとんどなく町は静まり返っている。その中を五右ェ門は一人のんびりと歩いていた。
 雨に閉ざされてアジトにこもっているのもいい加減飽きてきて、古い街並みを散歩でもしようかと思い立って出てきたのだった。
 霧雨は不愉快ではなかったがどの方向から降っているか図り難く、傘をさしていても着物の上に細かな水滴を積もらせる。
 だが五右ェ門は気にするでもなく時々思い立ったように形ばかりに肩をはたいた。
 何度目かのその作業の為に、彼が肩へと視線を落とした時、視界の隅に動くものがあった。振り返った五右ェ門は、交差する路地を傘もささずに歩く男の姿を認めた。五右ェ門と同じく目的もなさげにゆっくりと道を下って行く。
 その着物姿の長い黒髪の男に五右ェ門は見覚えがあった。遠目からでも彼のものより上質とわかる着物を、彼同様濡れることに頓着する素振りもなく足を運んでいく。その足捌きは袴に慣れた者のそれだった。
 しばしためらった末に彼は男の後を追った。路地を曲がると用水路があり、それにそって柳が植えられている。霧をまとって柳の緑はぼんやりと光って見えた。
 足音に男が振り返るのと、五右ェ門が傘を差し掛けるのは同時だった。
用水路沿いの道へと降りる石段に足をかけた男は、傘を差し出す五右ェ門を表情も変えずに見上げていた。その態度に五右ェ門は少々戸惑い、意味もなく傘を握りなおした。
「このご時世、霧雨といえど雨に濡れるのは自殺行為に等しいのでは?酸性雨は欧米だけの話ではありませんぞ。…それにッ、霧雨は身体に悪いと昔から言うではないですか…」
 妙に光をたたえて自分を見上げるその一つしかない瞳に焦りを覚えて、 五右ェ門は自然早口になった。言わなくていいことまで言っている気がする。
 五右ェ門の言葉に、男は瞳を軽く見開いた。
「そなた、石川の…」
 そう言って初めて男は唇の端でわずかに笑った。
「すぐ近くだったのでな、雨に濡れるのもよいかと思ったのだが、そこまで言うのならば…ご一緒していただけるのかな、石川殿?」
 低く発したその言葉はまるで誘うように響き、五右ェ門は自分から事を起こした手前、引くことは出来なかった。
「…別に拙者は目的地もない故、月虎殿にお付き合いいたそう…」
 口の中でつぶやく様に言って、五右ェ門は石段を下りて夕羅の横へと立った。並ぶと夕羅の方がわずかに五右ェ門よりも背が高い。人に傘を差し掛けるという慣れない行為に五右ェ門が柄を置く位置を苦労していると、夕羅がその柄に手を添え五右ェ門から傘を奪った。
「私の方が背があるようだ、私が持つのがよかろう」
 そう言ってわずかに傘を五右ェ門の方へと傾け、歩き出す。数歩遅れて慌てて五右ェ門がそれに続いた。その端正な顔に戸惑った表情が浮かび、白い頬は微かに薄紅に染まる。
 夕羅はそんな五右ェ門に気を留める様子もなく、先ほどと変わらぬ歩調で歩みを進める。
用水路に掛かった丸木橋を渡り、先ほどの通りとは雰囲気の異なる街並みへと入っていくが、あいかわらず人影はない。
「以前あのようなことがあったにもかかわらず、なぜ私に声を?よほど雨に打たれた私が哀れに見えたか」
 唐突に夕羅が問い掛ける。驚いて振り向く五右ェ門には閉じた瞳の横顔しか見えず、その表情は窺い知れなかった。
「…おぬしの刀を折ったことか?それともルパンが茶碗を奪ったことか? …しかし、拙者にはおぬしに個人的な恨みはない故…」
「私はあるかもしれぬぞ。そなた、剣士としては少し軽過ぎやせぬか?」
 最後の方の言葉は笑みを含んだ、からかうような口調であった。
「おぬしとて、拙者を見ても何もしなかったではないか。それに、武器も携帯しておらぬ。おぬしのほうこそ無用心ではないのか」
 夕羅の言葉に反発するように五右ェ門は語気を強めた。本人としては怒っているつもりなのだろうが、端から見れば子供が拗ねているような表情にしか見えない。夕羅にもそうだったらしく、彼は不思議そうな顔で五右ェ門を見つめた。その唇には微笑が浮かぶ。
「常に武器を持ち歩くのは性に合わぬのでな…」
 口ではそう言って、夕羅はそのまま前を向いた。


 通りの一角に、奥まってはいるが他とは格式の異なる建物があった。門を入ると飛び石の先にさらに重厚な玄関が見える。
 夕羅は歩調をゆるめることなく門へと向かった。自然、五右ェ門もそれについていく形となる。二人が門をくぐろうとしたちょうどその時、玄関脇の小道から軽快な足取りで出てきた男がいた。二人を見て足を止める。
「あら?五右ェ門ちゃんったら、謎の相合傘…?」
「ルパン、おぬしなぜここに?」
 思いがけない場所で見知った顔に出会って、五右ェ門は戸惑った声をあげる。
「それはこっちのセリフでしょ〜、俺は、その横にいるお方と待ち合わせよ」
 振り返ると、夕羅は五右ェ門を見て苦笑いを浮かべた。
「本当に知らなかったのか…、連れてきてはいけなかったか?ルパン殿」
「いや、別に秘密にしてたわけじゃないんでね。もちょっと話が進んでから次元と五右ェ門には話そうと思ってただけで」
 話についていけない五右ェ門は門の外へと少しずつ後ずさった。
「では…、拙者はこれで…失礼いた…」
「ちょうどいいや、五右ェ門も同席してくんない?お仕事のは・な・し。
俺、こんな立派な料亭来たことないから一人だとキンチョーしちゃうんだよね〜」
 緊張とは無縁としか思えないルパンの言葉だったが、断る理由も見つからず五右ェ門は二人と連れ立って玄関をくぐるはめとなった。


 数時間後。
 雨は、さらに細かく、降っているのかどうかわからないほどになっていた。所々雲の切れ目からやわらかな陽光が直接降り注いだ。
 真っ先に外へ出たルパンは空を見上げ、深く息を吸い込んだ。
「俺、車なんだけど五右ェ門乗ってく?アジト帰んだろ」
「ん、ああ…頼む」
 店の者から差し出された傘を断った夕羅は、自分の傘を渡すべきか躊躇している五右ェ門にも軽く手を振って拒絶の意を示した。
「この程度の雨、さしてもささなくても同じこと。気遣いは無用だ」
 そして足早に門を出、振り向くことなく去っていった。
 残された二人は小道を辿って駐車場へと向かった。雨よけの覆いを被せたままのオープンカーはいつもと違って圧迫感を覚える。
 しばらく黙って車を走らせていたルパンだったが、突然大げさにため息をつき首を回した。
「あ〜、なんか肩こったぜ。やっぱあんなとこじゃ飯も食った気しないね。月虎のヤローはみょーに慣れてたけどな」
 それには答えず、五右ェ門はルパンに問い掛けた。
「何ゆえ月虎夕羅と仕事の話を?奴にとって我々は仇ではないのか」
「さあ〜、その件なら水に流してくれるってさ。ま、本心はどうかわからないけどな」
 ルパンはポケットから煙草を取り出し、一本口にくわえた。そのまま火を点けるでもなく指先でもてあそんでいる。
「それを言うなら五右ェ門だって、何であの男と一緒だったのさ」
「偶然逢っただけだ」
「ふう〜ん、次元にチクっちゃおっかなッ」
 にやにや笑うルパンに対して五右ェ門は冷たい一瞥を向けたのみで、それ以上相手にはせず窓の外へ目を向けた。
 ビニール製の窓を通して外の景色は歪み、雨に滲んだ。






(03.4.21/06.10.27改訂UP)



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