Crossroad
正直言うとがっかりしていた。
銭形警部が周到に張った罠にかかったのはルパン三世ではなく石川五右ェ門だった。
自身に絡まった手錠を見下ろし、銭形の顔を見、で?とでも言いたげに小首をかしげた彼の無邪気な表情は憎らしくさえあった。
正直言うとその場で逃がしてしまっても良いのではないかと思った。ルパン以外に興味はない。
男が敵に追われていなければそうしていただろう。五右ェ門の背後に響く足音。
その敵に見つかると自分も厄介なことになると銭形は知っていた。彼はこの国から退去を命ぜられていた。
「こっちだ」
短く告げ大股に歩き出す。繋がれた鎖にほとんど引きずられるようにして五右ェ門が背後からついてきた。
暗闇の中を手錠に繋がれた二人は黙って歩き続けた。この見知らぬ国で一体いつこのような抜け道を発見したのか、銭形はまったく迷うことなく歩を進める。五右ェ門はそれに抵抗することなくついて来た。
奇妙な逃避行。
やがて銭形が足を止めた。頭上から光が淡く差し込む。 瓦礫の隙間に空が見える。
薄明かりでその先の道が幾つか分かれているのが見て取れた。
銭形が座り込んで煙草に火を点ける。
五右ェ門は鎖の長さの分だけ離れて所在なげに立っていた。
銭形が煙を吐き出し空を見る。五右ェ門もつられて見上げた。
「…この国に喧嘩売ってどうするつもりだお前たちは」
低く銭形が呟いた。煙に紛れた独り言のようなそれを五右ェ門は危うく聞き逃すところだった。
慌てて銭形に顔を戻す。
「どうかしてるな」
銭形は表情も変えずまた煙と共に言葉を吐いた。
五右ェ門は銭形の問いを反芻するような顔で再び空を見上げたが、口から出たのは別の言葉だった。
「銭形殿も見つかればただでは済まぬと聞いたが」
「だから一緒に逃げたんだろうが」
「……ああ」
曖昧に答えて五右ェ門は自身の腕に絡みつく手錠を見下ろす。単純に見えて取れない鎖。五右ェ門には叩き斬るよりほかはない。両手を取られて今はそれも出来ないが。
複雑な構造は何のためか。
「ルパンを捕らえるつもりだったのか」
ようやく五右ェ門は思い至る。最初に五右ェ門を見た瞬間銭形に浮かんだ苦い表情の意味。
「まあな」
「それはすまなかった」
悪びれることなく発せられたその言葉に銭形が五右ェ門に視線を向ける。帽子の下から鋭い眼光が覗いた。
銭形は煙草を揉み消すと立ち上がって五右ェ門に近付いた。 五右ェ門は一瞬構えたが、銭形は無造作に歩み寄りその腕に手を掛けた。
銭形の手の中で軽く音がして手錠が外れ地面に落ちる。あっという間に両手が自由になった。
手の中の小さな鍵をポケットに戻した銭形は五右ェ門に更に歩み寄った。その目を覗き込む。
「お宝も結構だがな、あんまり長居する国じゃねえんだよ、ここは」
普段あまり他人に接近されることのない五右ェ門が居心地悪そうに後ずさる。
「ルパンにそう伝えとけ」
そう言うと通路の奥の一本の道を指差し、先程の場所に戻って腰を下ろした。
「拙者を逃がすのか」
少しばかり非難めいた口調で五右ェ門が抗議する。 開放された側が言う言葉か、と銭形は天を仰ぐ。切り取られた空は良く見ると灰色に煙っている。
「逃がす?馬鹿言うな。お前はわしの捕虜で伝令だ」
ことさら小馬鹿にした口調で告げ、にやりと笑う。
「わかったらさっさと行け」
もう一本煙草に火を点けた。空がくすんだのは自分の煙のせいなのかもしれない。
五右ェ門は渋々といった様子で立ち去りかけたが、闇との境界で足を止め振り返った。
「この間銭形殿が発見したルパンのアジトだが」
「ん?」
「あれは偽のアジトだ。見張りの警官は引き上げるが良い」
早口でそう言うと今度はためらうことなく闇へ消えた。
銭形は呆気に取られて見送る。
足音の反響もすぐに消えた。
「礼のつもりか…」
五右ェ門が去った方角を、もう見えるはずもないが目を細めて覗き込む。意味も無く帽子に手をやった。
「律儀な奴だ」
ふうっと煙を吐き、まだ半分以上残った先を名残惜しげに眺めてから揉み消した。
また空が濁る。
地面に放置したままだった手錠と鎖を巻き取りにかかった。
手錠を手にし、捕らえられた瞬間の五右ェ門の様子を思い出す。笑いがこみ上げた。
腹立たしく思えたあの無表情は今思えば状況が理解出来なかったせいなのだ、きっと。
「面白いのを飼ってるんだな…ルパン」
ひとしきり笑うと、銭形は手錠をしまいこみ五右ェ門とは違う暗闇へと歩き出した。
「…これだから、ルパンを追うのは止められねえ」
書く前にタイトル思いつかないと永遠に浮かばない罠。
この銭さんは、中の人がチョーさんなキャラ達をイメージしながら書いてました(わかりにくい)
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