日常生活の冒険
夕方の街はそれなりに混んでいる。
地方都市は地方都市で繁栄しているのだ。
目当てのショッピングセンターのビルに向かい、五右ェ門は慣れた足取りで自動ドアをすり抜けた。
まるでずっと前からここで暮らしているかのように。
本当はこの街に来てからはまだ日が浅い。ただ街唯一のお買い物スポットだから詳しくならざるを得ないのだ。
まずは入ってすぐの本屋に立ち寄る。
なぜだか洋書の類の多い謎の本屋。ルパンはそれが気に入ったらしい。
ルパンに寄ることがあったら探してくれと言われていた雑誌はなんだったか。
もう忘れてしまった。まあいいか、と売り場を離れる。
建物の真ん中に位置するエスカレーターに乗り込み、喧騒から遮断されて ほっと息をつく。
専門店が入ったこのビルはいつも客が多いのに、なぜかエスカレーターで人に会わない。階段を上るのか、どこにあるのかわからない存在感の薄いエレベーターを使うのか。
ここのエスカレーターは手すりと足元の早さがあっていない。つかんでいるといつも妙な違和感に襲われる。
それを思い出して手を離した。
手すりに寄りかからなくても立っていられるはずなのについ無意識につかんでしまうのは何故だろう。なんてぼんやりと考える。
二階。
化粧品売り場。兼医薬品売り場。衣類、雑貨。その他諸々。
多分一番活気のある階。
用はないはずだがふらっと足を向けてみた。
歩くたびに着慣れない洋服が身体に食い込む気がしてならない。それを慣らそうと意味もなく歩いてみる。
自分では常と違う服装が気持ち悪くて一人だけ浮いてる気がして仕方がないのに、この格好の方が周りに溶け込めるということの不思議。
自分たちと変わらぬ服を着た、少しばかり背の高い少しばかり長めの髪をした青年を気にする者はほとんどいない。
時折通りすがりに女性が品定めをするようにちらりと顔を見ていく。それでも数分後には忘れているのだろう。
皆が一様に自分のことだけを考えている。
誰も自分のことを知らない世界。人込みの中の一人に加えられたと思うと少し楽しくなる。
だから皆知らん顔で買い物が続けられるのだ。
売り場を一回りした後、最上階の酒屋へ向かった。
なぜ酒屋へ行くのに最上階まで上らねばならぬのかと、とりあえず五右ェ門の周りでは評判が悪い店だ。
フロアの四分の一を占める店内は、広いだけで実は品揃えが悪い。それもこの店の評判を下げている要因だった。
地方都市のチェーン店に期待する方が間違ってる。
と自嘲気味に言っていたのはルパンだったか次元だったか。
それでも他に店もない以上、まるで常連のごとく通わなければ彼らの生活は成り立たない。
物がない分探す手間も省けるってもんだ、と言ったのはどっちだっけ。
誰でもない存在になったはずなのに、考えるのは身近な存在のことばかり。
内も外も自分でなくなるのは無理なのだろうな。
適当に籠に酒類を放り込んでいく。頭で別のことを考えていても買う物に迷わずに済むという点では品揃えが悪いのは便利だ。
会計を済ませてからレジの脇にあった冷蔵ケースに目をやった。
生意気にもこれだけは一通り揃えてやがる、と一番最初に訪れた際ルパンに評された、高級食料品店に劣らぬ内容の食品ケースだ。
つまみも何か必要だったか。
ガラス越しに中を覗いて考え込む。今度はちゃんと目の前にあるものに意識を集中して。
背後に気配を感じると同時に声を聞いた。
「まだ何かお探しですか?お姫様」
「…姫」
って何だ。と思いつつ振り返る。思った通りの顔をそこに見出す。
「次元」
「今日はその格好か」
わざとらしく五右ェ門を足元まで眺めて、くくく、と喉の奥で笑った。
「よく似合ってんぜ。すっかり普通のお兄さんだな」
そういう次元もいつもの黒づくめではなく、多少目立たないジャケット姿になっている。だが彼の風貌はやはり目立つ。
「なんでわかった」
「…わかるに決まってんだろう。知ってんだから」
「そうか」
彼の横に立つとどこにでもいる青年、だった自分が怪しげな男の連れの青年、になることはよくわかっている。
でも誰でもなかった自分、が、誰かの知り合いの自分に戻る。その居心地のよさ。
「あと用事は?」
「ルパンが探していた雑誌、覚えているか?」
「ああ?見ればわかると思うが」
「じゃあ一階だ」
誰も使っていないエスカレーターを今度は二人で降りていくのだ。
タイトルは某有名大御所ベル賞作家をパクりました。
あの話は大好きです。この話とはまったく違いますが。
近所のビルとか、池袋のビックカ○ラとかでお買い物しながら考えた話。
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