蜘蛛の巣
ほの暗い室内で彼は目を覚ました。
身体の内部がギシギシと音をたてる。固まった手足を伸ばそうとして自分が囚われの身であることに気が付いた。
不自然な姿勢で壁に留められた己を、月虎夕羅は見下ろした。
細い糸が美しく絡み合いまるで蜘蛛の巣のように全身を覆う。柔らかく食い込むそれはしかし、指先一つ動かせない。
自分は捕らわれた蝶なのだろうか。
いつ自分が囚われるような目にあったのか、まったくわからない。意識を失う前のことを懸命に思い出そうとするが無意味だった。
だいたい、自分が居るこの場所は我が家の地下牢ではなかったろうか。
この繊細で硝子細工のような縄を操るのはただ一人、己の妹ではなかったろうか。
人を捕らえる為の霞み網かと揶揄した自分に、彼女は答えたのだ。
――兄者にはこの美しさがわからないのですか、と。
…まさかそれを根に持って、とは思えないが。
まさか。
どれだけ時が過ぎただろうか。
重い扉の開く音。静かな足音が続く。
反射的に身構えたが体勢が変わることはない。相変わらず標本のように壁に押さえつけられたまま。
暗さに慣れきった目に、自分の方へと向かってくる人物の姿が映る。その瞳はぴたりと自分に据えられていた。
「…威音」
やはり、と思いながら夕羅は妹の名を口にする。蜘蛛の正体は夕羅のいる壁から少し離れた場所で立ち止まった。彼女もまた、兄を呼んだ。
「…兄者」
その声は僅かに掠れて聞こえた。
しばらく無言で二人は向かい合っていた。威音の瞳は帳が下りたかのようで、感情を読むことが出来ない。
どうしてこうなったのか、何が目的なのか、さっぱりわからずに時が刻まれる。
「何の真似だ」
先に口を開いたのは夕羅だった。
「まさかクーデターでもあるまい」
威音の意図が読めないまま、幾ばくかの情報を求めて手探りで夕羅は言葉を継ぐ。兄弟に対してこれほどまでに慎重になったことはない。
「…兄者が悪い」
「…うん?」
ぼそりと口の中で呟かれた威音の言葉は夕羅まで届かなかった。
聞き返す夕羅に向けて威音は静かに繰り返す。
「兄者が悪いのです。私がこんなにも兄者をお慕い申し上げているのに」
「…!?」
「どうしてわかってくださらない」
威音の声が上擦る。
彼女の意図は読めないままだが、状況が変化したことだけは夕羅にも理解出来た。
威音が手を伸ばす。指が頬に触れる。
「兄者…」
呟かれた言葉は、ほとんど耳元で聞こえた。
紅を引いたように濃く色を持つ唇が、牢の中で冷え切った夕羅の口に触れた。近づいた威音から女性特有の芳香がしないことだけが夕羅の脳裏に強く刻まれた。
初め触れていただけの感触はやがて深いくちづけへと変わる。舌先が彼の唇の表面をちらちらと撫でた。
ぞろり、と嫌悪感が喉の奥から這い登ってくる。
常々世間一般の女性と引き比べても劣らない容姿を持つ妹と思ってはいたが、異性として見ていたわけではない。逃れようと首を振るが威音の手は無意識に彼の頭を押さえ込んでいる。
そうなると身動きが取れない以上夕羅が取れる手段はただひとつ。
更に深く繋がろうと咥内へ入り込んだ舌先を避け、唇に歯を立てた。
「……ぅッ」
威音が飛び退る。
そこまで強く噛んだわけではない。手加減はしたつもりだったが、それでも拒絶されたこと自体が威音にとっては衝撃だったらしい。
唇を押さえたまま目を見開いている。肩が震えるのが見て取れた。
まずかったかと思ったが、この手段以外に彼女を止める手立てはなかったはずだ。
逡巡しつつ威音を眺めながら、口中でどこからか微かに広がる金臭さを夕羅はぼんやりと味わっていた。
何故だか自分の口の中が切れている。
舌打ちしかけて、威音の顔を見て止めた。これ以上刺激するのは得策ではなかった。
だが威音にとっては既に十分刺激的で屈辱的な行為であった。今この瞬間だけは、夕羅が何をしようとおそらく気付かなかったであろう。
「…御自分の状況を理解しておいででないようですね…ッ!」
威音が叫ぶ。
衝撃は薄れ、怒りが全身を包み込む。
目をそらしようもなく、夕羅はただ沈黙を守った。
周りが暗いことを感謝する。妹が女としての姿はあまり仔細に見たいものではない。声に込められた情念だけで沢山だ。
反応のないことに焦れた威音は夕羅に掛けられた糸の一部をつかむ。どこを引いたのか、途端に全身に激痛が走った。もはや彼を包む蜘蛛の巣は柔らかさを持たず、細い糸の一本一本が皮膚を裂く。
そして全体は鉛の重みを持って夕羅を壁へと押し付けた。
「ぅ………ッ!」
うめき、咳き込む夕羅を威音が呆けたような表情で見ている。激情からの行為を経て少しは冷静になったのか、それでも拘束を緩める様子はない。
やがてゆっくりと口を開いた。
「私がこれを解かない限り、兄者はここから出られないのですよ?」
あまりに静かな口調が夕羅の背をひやりとさせる。一瞬だけ、肉体の苦痛を忘れた。
喘ぐ夕羅に威音が近づく。今度は手は伸ばさない。だが顔を寄せ彼を覗きこむような姿勢になる。一言一言を自分に確かめるように、夕羅に言い聞かせるように、言葉を紡ぐ。
「ここに、居る、限り、お兄様は、私の、物」
ため息が混じったような囁き声がどろりと流れ込んでくる。
その目が既に夕羅の知らない表情を湛えているのを、夕羅は苦痛に霞む視界の中で確かめた。自分はこれに対処する方法を知らない。
「…好きにしろ」
醒めたあきらめと共に夕羅は呟いた。だが次の言葉は眇めた瞳と微かに歪んだ口元と共に吐き出された。
「だがこの網に捕らえている限りは好きには出来まい?」
それは最後の抵抗。
男受け祭り提出作品。
ノリノリで書いた部分とあーうーってなった部分ととにかく何か書いとけ(オイ)って部分が混ざりあって何がなんだか、なモノに仕上がりました(殴)。
思考がブツブツ切れてるのが如実にわかる文章ですねえ(溜息)
ひたすら威音攻めでいくつもりだったのに、何故かお兄ちゃん反撃。 威音と私→反撃すんのかよ!( ̄□ ̄;)!!(衝撃)
ということで、威音攻めてねー。これ結局何ですか?威音攻め?ハァ?
威音で拘束、と決めたはいいのですが、その先がどうしても浮かばず… その時えっちょんさんが「蜘蛛の巣状の縄」という素敵アイテム案を出してくださったのでありがたくネタを頂戴しました。タイトルもそこからつけちゃいました(てへ)←お前
夕羅×威音(威音×夕羅)は萌えです。思い込み系俺様美形兄妹。 昔からこの二人のことをいろいろ書きたいとは思ってるんです(思ってるだけ)。
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