本日ハ青天ナリ
目を覚ましたら、目の前のソファで不二子が眠っていた。
どうして気付かなかったのだろう、と次元は自分のうかつさを呪いながら叩き起こした。昨日眠る前に飲み過ぎたのだろうか。
「何すんのよッ」
寝ぼけながらも高飛車な態度で不二子は毛布を頭から被り直した。一体その毛布はどこから出てきたものなのか。
「不法侵入で警察呼ぶぞ、コラ」
「…あら、呼べるもんなら呼んでみなさいよ」
起き上がって、ソファの上で足を組み直す。不二子お得意のポーズだ。
「出来やしないくせに、ねえ、次元」
起きた早々、良い態度だ。
「汚い部屋ねえ…おまけにせまいったら」
朝の光の中、辺りを見回して不二子は呟いた。
「だったら来るんじゃねえよ」
部屋は治安の悪い街の一角にある。潰れかけたアパートの一室。家具もほとんどない。
どうせ長居をするつもりはない。部屋に対してこだわりなどないし、どちらかと言えばこういう場所の方が落ち着くのだ。
不二子はまだ部屋を見ながら何か口の中で文句を並べている。まったく、嫌なら来なければいいのだ。
「何しに来やがった」
「ちょっとしくじっちゃって、ね」
形のよい唇が僅かに歪められた。その端がうっすらと青く痣になっている。
「ルパンのとこにいきゃーいいだろうが」
「それが捕まらなくって。五右ェ門もなのよ。だから仕方なくてここに来たの」
俺は一番最後なのか。それは喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。
どっちにしろ結局、不二子は今自分の前にいるのだ。先だろうと後だろうと結果は同じだ。
五右ェ門がここに居る時でなくて良かった。
それにしてもルパンも五右ェ門も捕まらないというのは少し引っかかった。
「あの二人、一緒にどっか行ってるのかしらねえ」
その次元の考えを煽るかのように、不二子がぼそっと呟いた。視線は外に面した小さな窓に注がれている。その発言には特に裏はないようだ。
が、何を考えてるかわからない女だ。警戒するに越したことはない。
「おなかすいた」
唐突に不二子が言った。
「…ぁあああ???」
「なんかないの?ま、ろくなものないんでしょうけど」
次元が睨みつけるのを気にもせず、不二子は続ける。自分から振っておいて否定する。独りボケ突っ込みか、三段オチか。
次元は相手にする元気を無くして、床に脱ぎ散らかした衣類を手に取った。
ソファから降りた不二子が台所へと向かう。靴下を拾おうと屈み込んだ時、
ソファから降ろされた不二子の脚が視界に入った。
破れた網タイツと、痛々しい引掻き傷。まだ乾いていない血の色をしている。
『ソファ汚してたらただじゃおかねえぞ』
心の中で呟いた。
次元が身支度を整えている間、不二子は冷蔵庫を覗き込み、棚を片っ端から開けていた。
「やっぱり何もないわね」
冷蔵庫の前でモデル立ちをして腕を組み、ポーズを決めてため息をついている。変な女だ。誰に見せるというのか。冷蔵庫か。
もう一度冷蔵庫を開けると、水のボトルを取り出して口をつけた。まともな食料にありつくのはあきらめたらしい。
「どっか行くの」
ボトルを手に、次元がネクタイを結ぶのを眺めながら聞いた。
お前のいないところへだ、とはさすがに言わなかった。大人だから。
「出かける」
「ルパン、居ないわよ」
「俺がルパン以外に会いに行く相手がいないと思ったら大間違いだ」
本当はルパン以外と言えば、五右ェ門しかいないのだが。
「あら、そ」
不二子は次元の言葉を受け流してベットの端に腰を降ろした。
「食べる物、買ってきてよ」
「俺が帰る前にさっさと出て行け」
上着に袖を通しながら、容赦ない声で告げた。
「鍵はちゃんと締めてけよ」
不二子の瞳が一瞬曇った気がした。だが、次の瞬間にはいたずらっぽい表情で見上げてきた。
「じゃあ、鍵、置いてって?でないと締められないわ」
「…死にたいのか?」
本当に力の抜ける女だ。まともに相手していたら碌なことがない。
「てめえどうやってこの部屋に入ってきたッ、開けられたんなら閉めるのも出来るだろうがッ!」
「怒鳴らないでよ、まったくガサツね」
うんざりした表情で不二子は言った。言いながらもったいぶった仕草で髪をかきあげる。その髪の間から覗く何かが次元の目に止まった。
不二子に近付くとその顎を掴み、仰向かせた。乱れた髪から覗く首筋には真新しい火傷の跡。
「ずいぶんと盛大にしくじったもんだな」
皮肉をこめて笑うと睨み返してきた。その視線の鋭さで男が殺せれば、こんな目にも会わずに済むのだろうが。
「…いい気味だぜ」
棚の上から箱を降ろし、不二子に投げつけた。
受け止めた時の衝撃に息を呑む様子を見ると、どうやら他にもいろいろとダメージを受けているらしい。
「見苦しいからそれで手当てしてとっとと出て行け」
「替えの服もないんだけど」
「知るか!」
次元は背を向けると派手な音を立ててドアを開け、廊下へと出て行った。勢いよく階段を駆け下り、通りへ出る。
そして立ち止まった。立ち並ぶ建物の隙間から覗く、空を見上げる。
さて、どこへ行こう。
「次元のところに来て、正解だったわね」
薬箱をあけながら、不二子は声に出して言ってみる。
どちらにせよ、外には出れない。まだまだ追っ手はうろついているだろう。
戻ってきた次元に殺されようとも、行く場所がないのだ。
「本気でこんなもので手当てできると思ってるのかしら」
箱の中を覗いて、中身の乏しさに不二子は呆れた。
「…やっぱり間違いだったかな…」
薬も買ってきてくれるといいんだけど。
薄汚れた窓を見上げる。その先の空はよく澄んでいる。
「今日もいい天気だわ」
なーなーさんのサイト開設お祝いとして書きました。
サイト作るという話をお聞きし、
じゃあいつもお世話になってるし何か書こう → なーなーさんと言えば次元よね〜 → よし、フジジゲだ!
どうしてそうなったのか、私にもよくわかりません(汗)。いくら「次元だったら何でもいい」とおっしゃって頂いたからって、フジジゲて…。
今週と先週のYル連載がフジジゲ風味だったので、今プチマイブーム中なのです。そして二人を追う敵の長髪の兄さんがちょっといい男で、長髪だったらなんでもいいのか!?と自分で自分に突っ込みを入れつつ心奪われてます。(←でも結局どーでもいい扱いだったねえ…この人)
(03.6.27UP)
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