元旦。
三が日、日本で一番参拝客が訪れるというM神宮。
その人込みの中。
「昨日夜中に近所の神社行ったじゃ〜ん、…なんでわざわざまたお参りするの?不二子ちゃーん…」
後ろの二人の怒りの視線に促され、恐る恐るルパンは前を行く不二子に声を掛ける。
「何言ってるのよ!ここに初詣に来るのが日本人の正しい姿なのよ、ここに来なきゃ初詣したって言えないのよっ」
くるっと振り向いた不二子は晴れ着姿。もちろんメイクも髪型も完璧。
明け方まで飲んでいたとは思えない軽い足取りだった。人込みを気にする様子は微塵もない。
「…日本人全員来るわけねえだろ」
次元は下を向いて吐き捨てた。
「関東人以外は日本人じゃないのか…」
五右ェ門は絶対に不二子に聞こえないように注意して呟いた。
「こんな日にお参りに来るのって物好きか中学生のカップル位だと思う…」
ルパンも流石にぼやく。
寝不足と残ったアルコールに、後ろを行く三人の足取りは重い。
「警官がいたるところで交通整理してるんですけどー」
ルパンはそう言って再度不二子に泣きついてみたが完全に黙殺された。
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同じ頃。
神宮の入口付近。
「…威音、ちょっと待て」
前方を遮る人の頭の多さに恐れをなして、月虎夕羅は前を行く妹を呼び止めた。
「なんですか?兄者」
「本当にここに行く気なのか?」
「そうですけど?」
今まで一度も見たことのないような豪華な振袖姿の威音はにこにこと、無邪気に返答してくる。
「神社ならもっと近くにあるだろう。それに供も連れずに来るなど無用心な…」
「ダメです兄者、それでは意味がありません」
不意に真面目な顔になって威音は夕羅の顔を覗き込む。
「ここに、二人きりで初詣に来ることに意味があるのです」
にっこり笑うと夕羅の袖を掴み、威音はどんどん進んでいく。派手な兄妹ゆえ周りが避けてくれ、二人の先には道が出来ていく。
「絶対に何か企んでる…」
威音に引きずられながら、夕羅は確信していた。
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「どったの?五右ェ門」
ふいに辺りを見回した五右ェ門にルパンが声を掛けた。
「何か嫌な予感が…」
「けっ、銭形でも居んじゃねえのか」
「既に十分嫌な感じなんですけどねえ…この人込み」
まったく進まない人の群れに囲まれ、三人はうんざりした顔でぼやき続けていた。不二子だけが、着物の乱れを少々気にしながらも楽しそうに待ち続けている。
「…辛抱の足りない人たちねえ」
髪に手をやりながら男たちを眺め、不二子が呟いた時。
「見つけたぞ、ルパン!!!」
数メートル先の人の頭の向こうに、伸び上がって手錠を振り回し怒鳴っている男がいた。
「うそン、とっつあん…!?」
「げっ、銭形…」
「ホントに居やがった…」
4人はその場で固まる。
「正月大量に集まる賽銭を狙ってくると睨んだわしの勘はやはり正しかったな!この人込みを利用して警察の目をごまかそうなど、甘いわッ!」
「…とっつあん…オレを何だと思ってるワケ…」
力が抜けた様子でルパンは応じる。
「やかましい!お前らが考えることなど全てお見通しだっ、おとなしくお縄に付け!!」
「逃げろッ」
4人はそれぞれの方向に一斉に走り去る…ことは出来なかったが、人の波に潜り込んで逃げ出した。
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「もー、オレが賽銭ドロなんかするって本気で思ってるワケ?冗談でしょ、とっつあ〜ん」
ルパンが後方に向かって怒鳴るとそれ以上の怒鳴り声が返ってきた。
「それ以外に何をしにここへ来るというんだ!!」
「…初詣に決まってるじゃん」
「そんな言い訳が通用するかッ!」
周りの人間をかきわけたり突き飛ばしたり飛び越えたりと忙しくルパンは進んでいくが、銭形はなぜかぴったりとついてくる。
「だから、なんでオレばっか追っかけてくんのさ!?」
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懸命に人を掻き分けていた五右ェ門はいきなり横から伸びてきた腕に掴まれよろめいた。のんびりした声が降ってくる。
「どこへ行く気だ」
視線の先には隻眼の男。
「うわあああああ、嫌な予感大当たりぃ…」
「…人を化け物のように…」
「化け物以上だろうがッ」
二人の周りに空間が出来ていく。
目立つ。目立ち過ぎる。この男と一緒に居たらあっという間に捕まる。この男からも逃げなければ。
「…今お主に付き合っている暇は…銭形に追われて…」
「私も威音から逃げているところだ。ちょうどいい」
「…はあ?」
「私をこんな場所に連れ出すなどあれは何か企んでいるに違いない。逃げるに限る」
夕羅は五右ェ門の手を取って走り出した。
「だからなんでお主と逃げねばならんのだッ!?」
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「あれッ?おい、五右ェ門どこだ!?」
一緒に逃げたと思った五右ェ門を見失い、次元は立ち止まった。
途端、ぐいっと上半身を引っ張られる。不二子が次元の袖を掴んでいた。
「いいから!ちゃんと私を守りなさいよ、次元っ」
「はあ!?なんでお前を守んなきゃいけねーんだ、ルパンに守ってもらえよ」
「いやよ、ルパンと一緒に逃げたら捕まっちゃうじゃない」
「は?」
「銭形の目的はルパンなんだから」
「…お前ってやつは…」
一瞬逃げていることも忘れて次元は絶句した。
「ほら、早くッ」
次元の腕を掴んだまま不二子は振袖姿とは思えない勢いで人込みの中をすり抜け駆けて行く。
引きずられながら次元は叫んでいた。
「だからなんでお前と逃げなきゃいけないんだよッ!」
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「兄者ー、どこですかー」
人込みの中、威音は兄を探していた。しっかり手をつないでいた(正確には袖を握っていた)はずなのに、人込みの中でも目立つ風貌の持ち主な筈なのに、いなくなったのである。
「おやン、月虎のお姫様じゃないのー可愛いカッコしちゃってえ。珍しいとこで会うねえ、久しぶりー」
取り合えずどんな状況でも女の子には声を掛ける。それがルパン。
「ルパン三世!!!」
「ゆっくり旧交を温めたいところだけど今はそれどころじゃないんで、まったね」
前を通り過ぎようとするルパンのジャケットを威音はしっかりと握り締めていた。ものすごい目で睨む。
「…うわあ、威音ちゃん目力あり過ぎ〜…」
「さてはお前だな、兄者をどこへやった!」
「…はあ!?何言って…」
意味がわからないまま威音の迫力に押され、ルパンは後ずさり人の壁に頭をぶつけた。
「ルパンーッ、待てー…」
遠くから銭形の声が響く。
「うわわわっ、見つかった。離せってば」
「嫌だ、兄者を返せ」
「だーかーらー。だいたいなんだってお前らまでここに居るワケ?…あ」
「…?」
「賽銭盗みに来たんだろ」
「はあああああ!?」
威音が呆れ返った隙にルパンは威音の手をすり抜け、追いついてきた銭形に向かって叫んだ。
「とっつあーん、賽銭ドロはオレじゃないって!こいつらだよ、月虎一族が企んでるってさ!!」
「ふっ、ふざけるなッ!!我らがそんなコソ泥みたいな真似するか!お前らと一緒にするな!」
激昂した威音には目もくれずに脇を通り過ぎ、銭形はルパンを追う。
「そんなごまかしがわしに効くと思っているのか、馬鹿め!」
「取り消せルパン!一度ならず二度までも!!これ以上の侮辱は許さんぞッ!!」
銭形の後ろから威音も叫びながら追ってくる。追っ手が増えただけだった。
「…何なの、もう」
ルパン一家は今年も波乱の予感でございました。
一人だけホ○くさいおっさんが居ますね(爆)。
この人さえ居なければ年末年始共に健全なお話だった…かも…
さて、M治神宮。
一度だけ大晦日の真夜中に行った事がありますが、行くもんじゃないですよー。
「私は大晦日の夜中にM治神宮に行った事がある」とたった一言で終わる話のタネにしかならないですよー。(寒いし人多いし山の手混んでるし電車少ないし)
まあ、大晦日だけ終夜運行する都内の電車に一度乗ってみたかった、というのもあるのですが…(田舎モン)。
…お粗末様でございました(まったく)
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