蜘蛛の巣の迷宮

1.

 古物窃盗組織、月虎一族。
 忍びの流れを組み古来より盗賊で生業を立てていたこの一族は、今や日本の裏社会にも少なからず影響力を持っていた。
 現在若き党首としてその頂点に立つのが、月虎夕羅である。
 ただし、彼のその党首の地位は名実共に…というわけではなかった。党首としての権限は未だ彼にはなかったのである。
 それは夕羅にとって、党首となって以来の晴れない悩みでもあった。
 先代党首、夕羅の父は夕羅がまだ幼い頃に亡くなった。
 それ以来一族は、先代の側近であった長老達が合議制で全てを決めることとなった。
 夕羅が成人し晴れて党首の座についても尚、その制度は変わらなかった。若い夕羅に全てを任せるのは不安…と老人たちは権力を手放そうとしなかったのである。
 己にまだ十分抵抗する力の無いことを承知していた夕羅は渋々それに従ってきたが、もはや限界であった。
 もう三十に手も届こうというのに、いつまでも子供扱いとは。


「この間の奴らの言い草を聞いたか、速水」
 林の中、愛馬を駆り立てながら夕羅は刺のある口調で、同じように並んで馬を走らせる男に言った。
 速水、と呼ばれた男は前を向いたまま、その言葉を聞くと辛辣な笑みをたたえた。
「先代のなさった通りにやれば間違いはございません。…ですか」
「まったく…!奴らには時代が変わったことがなぜわからんっ!!」
 怒りのあまり言葉と共に手綱を引いてしまい、夕羅の馬は前足を空に浮かせた。慌ててなだめる。
 馬を止め様子を見守っていた速水は、馬を静めて息をつく夕羅に静かに告げた。
「後は死ぬだけの者には時代の変化などもはや意味もないもの。早めにご退場願わねば、我ら未来ある者に被害が及びましょう」
 その言葉に夕羅が速水の方を向く。顔に危険な表情が浮かぶ。
「そろそろ…かな」
「ええ、もう遅すぎるくらいですよ」
 二人は馬上でひっそりと笑みを交わした。

 二人が馬を走らせる敷地は、月虎一族の所有する猟場であった。
 山を含む広い林は、時には戦闘員の訓練場とも変わる。
 狩りの支度を整えてはいたが、特に獲物を探すわけでもなく二人は馬を走らせていた。
 時は春。だが山の中に入るとまだまだ冬の名残りが色濃い。
 春の匂いのする空気は林の奥に行くにしたがって冷気を含む。
 木々に遮られ日の当たらない場所にはまだ萌葱色の命は伺えない。くすんで乾いた土の色が地にも空にも広がっており、冬に逆戻りしたかのようだ。
 だが季節は確かに春であり、その気配に浮かされてか夕羅の口も自然軽くなっていた。
 周りに人のいない気安さからか、口を開けば出てくるのは長老達の批判ばかり。主として夕羅が悪口を並べ立て、速水は黙って聞き時折静かに同意を述べる。
 夕羅にとって速水はもっとも信頼できる腹心だった。
 親が先代に冷遇されていた為に、彼は現在の長老たちにつてを持たない。夕羅に近付くことが速水にとって出世の近道であり、夕羅の地位を安定させることが速水の地位を保つことになる。
 誰の目にも明らかなこの事実を速水は隠す気もなかったし、実際夕羅にもそう述べたのだ。
 その野心の分を差し引いても、速水は信用に足る部下だった。
 だが今二人は、こうして喋っていても完全に全てを口に出しているわけではない。また別の、もっとも安全な場所で語られるべきこともあるのだ。
 周りに人影はなくとも、この広い林の中、いつどこで誰に聞かれるかわからない。
 今も近付く気配を感じ、二人は馬を止めた。
 やがて数人の部下が木々の向こうから姿を現した。完全武装をし、手には抜き身の刀。夕羅たちの前に出るとさすがに剣を殺したが構えを解くわけではない。あたりに注意を払っている。
 訓練とは思えない様子だった。
「どうした」
 二人に深々と頭を下げる部下たちを見下ろし、夕羅が問うた。一番前に立っていた男が答える。
「侵入者がございまして」
「…ほう」
 夕羅が目を細める。速水も興味深げに彼を見、口をはさんだ。
「賊は何人だ?」
「一人とのことですが…他にもいないか現在捜索中です」
 速水に対しても恭しく男は答える。
「その一人、というのも我々はまだ見てはいないのですが…何人かやられたようです。北西の方角に逃げたそうで…。館に向かっているわけではなさそうですが」
 夕羅と速水は顔を見合わせた。
「行ってみるか?こんなところに来ること自体珍しい。どんな酔狂な輩か見てやろうではないか」
「ええ…気になりますね」
 さっそく馬の首をめぐらす二人を見送りながら男が告げた。
「お気をつけて。手負いながらかなりの腕だそうでございます」
 微かに頷くと夕羅は馬を飛ばし、二人はあっという間に見えなくなった。

 嬉々として馬を駆ける夕羅の後を同じように速水が飛ばす。
 夕羅は腰までも流れる髪をなびかせて山の中を駆けて行く。道とも言えない木々の隙間を軽々とすり抜ける。
 まとわりつく髪を気にする様子もなく、夕羅は一心に馬を駆っていた。敵を追うことが楽しくて仕方がないのだ。
 この人は平穏の中では生きてはいけない人なのだ、と思いながら速水はその後ろ姿を懸命に追った。
 激しさだけがこの男を動かす。そしてきっと求めるものを全て手に入れるのだろう。
 だからこそ自分はこの男についたのだ。

 しばらく行くと二人は静かに馬を止めた。音もなく地面へと滑り降り、傍の木へ馬をつなぐ。腰にさした刀だけを持ち、二人は馬を離れた。
 気配が近い。
「…血の匂いがしますね」
 速水が囁いた。夕羅もそっと笑い、答える。
「さすがだな」
 足音を忍ばせ二人は気配のする方へと近付いていった。
 濃い緑の匂いが立ち込める中に微かに金臭い匂いが混じる。まだ新しい。
 速水が黙って地面を指差した。夕羅がうなずく。
 緑の下生えにどす黒く、こぼれた血が点々と続く。低く垂れた木の枝にも所々赤黒い跡が残る。
 本人の血なのか、斬った相手の血なのか。それでもこれだけの跡を残しているということは、かなり追い詰められているのだろう。
 前方に、視線を遮るように絡み合い生い茂る草むらがあった。
 二人は刀の柄に手をかけ、一気にその中を駆け抜けた。視界が開ける。
 草むらの向こうにいたのは一人の少年だった。白い肌と、遠目にもわかる整った顔立ちの綺麗な子供が刀を手に立っていた。
 袴を身につけているが、所々切れたり綻びたりしている。布地には赤いしみが方々に飛んでいた。既に広範囲に渡って血の色に染め換えられている箇所もある。足は裸足だった。
 意外な光景に速水が息を呑む。
「これは…」
「ずいぶんと可愛い侵入者ではないか」
 クククッ、と夕羅が喉の奥で笑う。少年は血に汚れた顔を向け、夕羅を見据えた。
 獣の目をしている。
 人に馴れない、野生の獣の目。
 少女のように美しい顔にそぐわない狂気の瞳。
 血にまみれた切っ先を夕羅たちに向け構える。もはや腕が刀の重さを支えきれないらしく、切っ先はふらふらと揺れた。
 それでも最後の力を振り絞って少年は夕羅に飛び掛かった。ひらりと夕羅はかわし、少年の鳩尾に拳を打ち込んだ。
 夕羅の腕の中に倒れこんだ少年の瞳は閉じられ、狂気は消える。
 後には、今にも掻き消えそうな程に儚く見える美しい子供の身体。至るところに血が滲み、白い肌を汚している。
「どこから来たのやら」
「だいぶ先になりますが…山の向こうに寺があったはずです。まさかそこから…?」
「…有り得るな」
 少年の顔を覗き込み、夕羅は口を歪めた。
 少女と見紛うその顔を見れば、寺でこの少年がどういう扱いを受けていたか容易に想像がつく。
 だが、坊主どもの手には余ったらしい。
 寺では一体何人死んだだろう?
 夕羅の腕の中で、その身体が徐々に重く冷たくなっていった。少年に触れている夕羅の着物にも冷たく赤いしみが広がっていく。
「どうなさるおつもりです。…放っておけば死にますね」
 地面に落ちた少年の刀を拾い上げ、速水は静かに言った。何人もの血に染まった刃を無感動に眺めている。この少年一人の為に月虎一族が払わされた犠牲も大きかったようだ。
「連れて帰ろう…こいつは使えるかもしれん」
 速水が後の言葉を理解しかねて眉を寄せるところへ、獲物を捕らえた獣のような笑みを閃かせ夕羅は付け加えた。
 言葉に呼応するかのように、春の夕暮れの光が木々の間を縫って夕羅の元へ届き彼の頭上を踊る。

「月虎夕羅がとち狂って少年を囲ったと知ったら、奴らは何と言うかな?」






何時代だ、この話は。
着物の人しか出てこないよ;普通に腰に刀さしてるよ;
500年位遡ったとしても何の違和感もないですね(笑)。むしろその方がぴったり来そうですね(笑)。
…これは「風雅〜」の話だってば。やれやれ。

それにしても私はオリキャラの名前が適当過ぎますね。「速水」だってさ。(03.9.19/06.03.27改訂)




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